FC2ブログ
文庫本で大体50ページ弱くらいの文量。一般的な短編です。
優しくて切ない物語とは、こういうものを言うのだと思います。
拙著ですが。

お気づきの点や感想などがございましたら、コメントか拍手にてお知らせいただけると嬉しいです。ぜひm(_ _)m

1_*
2_**
3_***
4_****
5_○
6_○*
7_○**
8_○***
9_○****
10_●
11_●*
12_●**
13_●***
14_●****
15_●○
16_●○*


追記に簡単な解説などがあります。見たい人だけどうぞ(本編読了後がお勧め)。
スポンサーサイト



2011.10.06 Thu l 幽霊と少年(完結) l コメント (0) トラックバック (0) l top
 夜は少年にとってシェルターだった。
 昼は社会が、生活が、或いは時間が動いているから、少年にとっては、憂鬱だった。彼はその中でひとり、取り残された存在だったから。
 しかし、暗くなると社会の動きは鈍る。たいていの人も寝てしまう。そうなってしまえば、少年は喪失感に襲われつつも、少し、安心できたのだった。
 だから深夜に、少年は外へ出かけた。むしろ夜にしか、少年は外に出ることができなかった。闇に紛れることが、少年にとっては救いだったのだ。その分、街灯と車のライトは怖かった。

 その日は、寒い夜だった。星は綺麗でも、それはそれだけ冷え込むという証拠だった。凍りついた歩道の上で、少年は白い息を置き去りにしながら、何も言わずに足を擦り歩きゆく。
 そうやって三十分も当てもない散歩をしていていると、ある時少年は不意に立ち止まって、ハッとした様子で辺りを見まわした。彼にとって、それは久しく見ていなかった、しかしとても懐かしい家並みなのだった。
 どうやって来たのか、少年には分からない。しかしそこが、かつて父に手を引かれて歩いた道であるのは、確かだった。漠然とだが、記憶と風景が彼の中では一致する。
 (そうだ、たしかあの頃はよく、父さんが、珈琲屋に立ち寄って――。)
 少年は胸が高鳴るのを感じながら、記憶の中の店を探してみた。そして弱めた歩みに指先がかじかみ始めたころ、古びた一軒家を改築した出で立ちの、どこかノスタルジーを呼び起こすような、その店は見つかった。
 少年は、思っていたよりも、その建物が小さいことに気付いた。彼は首を傾げたが、すぐにそれは自分が大きくなったからなのだと悟り、次に彼はもう一つ、下ろされたシャッターが、随分長い間、閉じられているのだということに気付く。
 「永き御愛顧、大変感謝いたします。平成十五年八月九日」
 少年はそれを見て立ち尽くしていた。俄然、熱を帯びる指先、しかしじきに納得して、彼は視線を落とし、力なく笑うのだった。
 (そうか、あのお爺さん、けっこうトシだったもんな。)
 そう思うと、何だか自分のしていたことが馬鹿馬鹿しくなって、少年はゆっくり視線を上げながら、来た道を引き返そうとした。シャッターの横には、夜道を映す大きな窓がある。何気なしに、彼はそれを見、そして、それ以上体の向きを、変えられなくなった。

 それは、本能の警告だった。

 ガラス越しに見てしまった。彼の後ろに、人型の影が立っていたのだ。
 少年は逃げ出そうと思った。しかし、もう、ソレからは目を離すことができなかった。
 生気を感じない影に、少年はおののく。だが、次に取るべき行動を、彼が迷う余地はなかった。本能は、少年に「見るな」と諭していたのではなく、「逃げるな」と命令していたのだ。
 その命令に、彼は抗えなかった。刹那の沈黙ののち、息を止めてから、ゆっくりと視線を、全身のエネルギーを投資して、背後に運ぶ。

 そして少年が目にしたものは、彼よりも少し背の小さな、少女だった。


index or next
2011.12.04 Sun l 幽霊と少年(完結) l コメント (0) トラックバック (0) l top
 人工の光と光の隙間。その薄闇の中で、二人が出会ったことを、他に知る者はいない。
 少年は、少女を凝視した。ニット帽を深く被り、その顔はきっと俯いている。暗赤色のコート、黒いマフラー。そして長い髪。彼は、少女のそれらを順に認識していった。
 少年は、それが果たして人間なのか、それとも幽霊であるのか、解釈に苦しんだ。
 (これは、話しかけるべきなんだろうか……)
 しかし彼が呼吸を思い出す前に、少女が動く。ゆらりと持ち上げられた顔。前髪の隙間から覗く瞳に、少年は一歩後退した。全身が冷えきっているのを感じる。
 「君、誰?」
 そう言ったのは、少女の方だ。ピアノ線を弾くような、張りつめて、繊細な声。
 少年はたじろいだ。自分に向けられたはずの問いかけなのに、答えていいものなのかが分からなかった。だが、黙っていてもしかたないことに、やがて少年は気付く。
 「べ、別に」
 でも名乗りたくなかった。名前を知られて、あとをつけ回されても困るのだ。
 少女は少しキョトンとして、それから、人形のような顔を歪ませた。少年には見えにくかったが、たぶんそれは、微笑みの形だった。
 するとそれを感じ取った少年の心には、少しだけ余裕が戻ってくる。さて、どうしたものか。
 「どうしたの?」
 一瞬思考を巡らせてから少年が放ったのは、そのような質問だった。具体的に何か尋ねて、「あなたを祟りに来た」とか「ずっと憑いていたの」とか、そんな具体的に恐ろしい回答をされても嫌だなと、思った結果だった。
 「お散歩していたの」
 一方少女の返答は、あまりにあっさりとしていた。それはあっさりし過ぎて、意表を突かれた少年が、うっかり「あ、俺もだ」と共鳴してしまうほどのものだった。
 意図せず口走ってしまったことに、焦る少年。それを見て、少女はクスリと笑うのだった。
 「ねぇ、なら一緒に、お散歩しない?」
 少年は予想外の言葉に「え」と声を漏らす。しかしその後の彼の返事を待たずして、少女は彼の手を引いた。
 「こっちだよ。行こう?」
 少年は当然戸惑った。それでも、結局、彼の足はワンテンポ遅れて少女の斜め後ろに踏み出し始める。
 その瞬間に、達観したといっても過言ではない。どうせ最初から行くあてなんて、少年にはなかったのだ。たとえ彼女が彼を三途の川へいざなおうとしていたのだとしても、それが少年に示された道なのであれば辿らざるを得ないだろう。そんな気が、少年にはしたのだった。
 「いいよ、ちゃんと付いて行くから。手、掴んでいたら邪魔だろう?」
 そう言って、少年は少女の手を解く。手袋をしていない彼女の手は、少年と同じように、とても冷たかった。

back or index or next
2011.12.04 Sun l 幽霊と少年(完結) l コメント (0) トラックバック (0) l top
 この街には、あまり多くの人が住んでいるわけではない。だから多少広い道路でも、少年たちが歩く間に、車が通りかかることはほとんどなかった。
 少年は、無言で少女の後を追った。少女はそんな彼の態度に不満を示すこともなく、ただただ、ある場所を目指していた。やがて彼女は、坂道を登り出す。その先にあったのは、二人のいた住宅街と、向こうの中心街とを隔てている、丘の頂上だった。
 そこにはバス停と寂れた公民館があった。こんな辺鄙なところに誰が来るかよ、とでもいうような、荒んだ雰囲気すら醸している構造物。そんな公民館を指さしながら、彼女は言う。
 「あそこに登るの」

 壁に非常用の梯子が付いていて、その冷たさに耐えながらカンカンと登っていくと、広い屋根の上に出た。昼の日射で融けたのか、雪はほとんど見当たらず、赤いトタンが露出している。
 「ここね、よく来るの。空が近いから」
 少女は闇に溶け込みながら、乾いた音を立てて奥に進む。それから、住宅街を見おろせる側の屋根の端に、足を投げ出して座った。
 「ねぇ、どうして、さっき君はあそこにいたの?」
 少女は後ろを振り返って少年に尋ねる。少年は、彼女の後方に、少し距離を置いて腰をおろしていた。
 「適当に歩いていただけだよ」
 「でも、あのお店の前で、立ち止まっていたじゃない」
 彼女は表情に不自然なほど無垢な疑問の色を浮かべ、その瞳は毛の一本も逃すまいとでもいうかのように、まっすぐ少年を見ていた。弱々しい風がそよいで、ニット帽からはみ出した髪が微かに揺れている。
 「ずっと前に、来たことがあったんだ。父さんと一緒に、よくね。行くたびに、父さんはマスターと話をしていた」
 そう言いながら、遠方に向けていた視線を少女と通わせる少年。
 ふとその時、彼は彼女の黒い瞳から、何かしらのデジャヴュを感じたのだった。それが具体的に何なのかは理解できず、一瞬の混乱を覚える。
 だが少女は、そんな彼の様子には特に頓着せずに、質問を続けてきた。
 「君はその時、何をしていたの?」
 「俺は……よく覚えてないな。今年って、何年だっけ?」
 少年はひとまず、デジャヴュは意識の隅へ押しやることにして、彼女の言葉に応答した。何年かを聞いたのは、シャッターに付されていた張り紙を思い出したからだ。
 「平成二十二年」と、少女は答える。それを受けて、彼は笑いながら弁解するのだった。
 「じゃあ、あの店、もう七年も店じまいしてるはずだろう。それよりも前の話なんだから、分からないよ」
 実際、記憶に残っていたのは「父さんと行った」という印象のみだったのだ。何歳の頃に行ったのかさえ、彼は思い出すことができなかった。
 「そういう、お前は、どうしてあそこで立ち止まってたんだよ」
 「お前」という乱暴な言葉にやや躊躇しながらも、少年は質問を投げ返してみた。
 すると少女は顔を曇らせ、前方へ向けてしまった。その反応に、やっぱり今のはマズかったかな、と少年は少し後悔する。
 しかし、次に彼女はそっと呟くように「幽霊って、信じる?」と、言葉を放ち、またその問いかけに、少年は思い切り面喰うのだった。
 「なんの話?」
 思わず少年はそう聞き返す。
 最初に抱いた「人間か、幽霊か」という疑念を、少年が忘れていた訳ではない。ただ、真偽はともかく、少女のそばにいるうちに、彼の中には「ま、どっちでもいいか」という妥協が生まれていたのだ。だから、疑念を大胆に蒸し返してきた彼女に対し、彼は大いに戸惑った。
 少女はちらりと振り返り、少年の焦燥を感受したのか、一瞬俯きクスリと笑う。それからおもむろに立ち上がって、少年の方へ振り振り返り――。
 そして微笑みながら、こう言うのだった。
 「私、幽霊なの。……って言ったら、信じてくれる?」
 少し強い風が音を立てて吹きぬけて、少女のコートはふわりと揺れる。
 少年は、少女の背後に在る闇に、微かな明るさを認めた。星の明かりと、丘の下の街の明かり、さらにそれらが、昨日積もった僅かな雪に映されて、淡く、浮かび上がったのだろう。そして少年は息を飲むのだった。その儚い光に包まれた少女の姿は、あまりに、幻想的で。

back or index or next
2011.12.05 Mon l 幽霊と少年(完結) l コメント (0) トラックバック (0) l top
 「星の国から降りて来たの。あの珈琲屋のマスター、このあいだ死んじゃったんだ。それで、もうすぐ四十九日だから、それを過ぎたら、マスターを連れて星の国に帰ろうと思っていたの。だから、あれは思い出巡り。マスターの代理でね」
 彼女は言葉を選びながらそのように述べていた。だが、ゆっくりとした口調だったにもかかわらず、少年は言葉を呑み込みきれなくて、しばらく口を半開きにするのだった。
 ようやく全てが喉を通ると、少年は自分の間抜け面に気付き、慌てて誤魔化そうと曖昧な笑みを作った。しかし少女は彼を見つめ続ける。「何かコメントをくれ」という心の声を、彼は聞いたような気がした。
 「君は……死神?」
 戸惑いながら少年がそう言うと、彼女は破顔してから「幽霊だってば」と訂正した。
 「実は私もね、生きていた頃に、よくマスターのお世話になったんだ。だから、そう、私は幽霊の代表なの。ねぇ、信じてくれるかな……?」

 しばらくの沈黙を置いてから、少年は口を開いた。
 「……わかった、信じる」
 すると少女はほっとしたように息を吐き、しゃがみ込みながら優しく「ありがとう」と言う。彼はそれを見て、ぎこちなく微笑みを返す。
 正直なところ、彼女の説明が真実だとは、少年には思えなかった。考えれば考えるほど、どんどん現実感が逃げて行ってしまうのだ。いっそそんな説明などなしに、曖昧にされていた方が、少年には不気味に感じられていたかもしれない。
 (っていうか、星の国って、なんだよ)
 しかし、それでも敢えて、少年は信じることにしたのだった。
 それで良いだろう。それを許してくれるのが、夜なんじゃないか。そう、少年は思うのだ。
 俺がこうして自然に会話ができたのも、きっと夜のおかげだろう。なら、そこから一歩進んで、夜が彼女を幽霊にしたのだと思えばいい。相手が幽霊だったから、俺は自然に会話をすることができたのだ、と。
 (そんなトンデモ理論だって、夜なら、許されるんだ)
 我ながら都合よく考えるな、と少年はさらにニヤけながら思う。
 一息ついたかと思うと、少女は再び立ち上がった。そして白い息を浮かべながら、「寒いから帰る」なんて言い始める。そんなリアルな挙動に、少年はいささかの苦笑を禁じ得ない。
 「ねぇ、君は明日も、散歩に行くの?」
 少女は少年に問うた。
 「うん、まぁたぶん、暇だし」
 少年は逡巡しているさまを装いながら答える。でも本当は、考えるまでもなかった。少年はいつも夜にしか活動しないし、その時間も、たいていは暇つぶしにしか使っていなかったのだ。
 すると少女は、ややためらいを見せてから、彼に提案するのだった。
 「じゃあ、明日も、一緒にここでお喋りしない?」
 悪戯を企んでいるかのような彼女の口調に不安が隠されていたことを、少年は知らない。しかしそれに気付かなくとも、彼が提案を了承しない理由は、なかった。

back or index or next
2011.12.05 Mon l 幽霊と少年(完結) l コメント (0) トラックバック (0) l top