星が見たいと思った
誰に救いを求めるでもなく
ただこの目は星座すら結べない
分かち合う寒空にせめて
白いと息をそっと浮かべ
何食わぬ顔で歩き出す
永遠に去ると笑つた夕べ
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※二年前のフォルダから出てきた(迫真)
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よっしーの口が裂けた。
正確には、らしい、という話を聞いただけだったのだが、僕は笑が止まらなくなり、それからて汗が噴き出して、すぐに彼女の電話番号を押した。しかしすぐにハッとして携帯電話を閉じ、メールに切り替えた。つまりはそれだけ慌てたのである。
『だいじょぶだいじょぶ、気にせんといて』
返って来た文面は、いつものようにお転婆に笑っているようだった。しかし現実は笑うことすら、きっとできていないのだろう。のんきにベッドでエロ本なんか見ている場合ではなかった。それ以上「だいじょぶ」を乱用されてもじれったくなるだけなので、僕はすぐさま立ち上がる。
よっしーは彼女が住む賃貸マンションの下まで来てくれた。容姿とかオーラとかよりも先に、僕は大きなマスクで彼女を生々しく認識する。
「体張ってネタ作りするのも大概にしろよな。ほら」
僕は見舞品を入れたビニール袋を差し出した。憎まれ口でも叩かなければやっていられない。
「ありがとう。見ていい?」
柄にもなく、よっしーは弱弱しく微笑む。僕はどうにかして彼女が相対的に幸福になる方法がないかを考えて、結局何をするでもなく「いいよ」と言った。
中から出てくるのはコラーゲン配合の飲むゼリー、ビタミン配合の飲むゼリー、それと完治後のお楽しみのつもりで、ちょっと賞味期限の長いどら焼き。
「嬉しい」
己の恥を忍んで言えば、よっしーは可愛い。性格も、笑顔も。けど僕の手は、ジャンバーのポケットからスッと出して彼女の頭を撫で始める、なんていうことはなかった。
「それじゃ思い切り笑えないよな。早く治せよ」
それが僕の、精一杯の優しさだった。
別れる頃には手汗も引いて、僕は冷静になる。それでも、せめて星が見たいと思った。
彼女の転んだ場所は、彼氏の家の前だったそうだ。だから、病院に行くのも早かった。たぶん寂しくも、なかっただろう。僕はそのことを素直に「良かった」と思わなければならない。
僕は寒空を見上げながら家路をたどる。
僕が願うまでもなく、彼女はおそらく僕よりは、相対的に幸福だろう。ならば少しだけおすそ分けをもらっても、罰は当たるまい。そんな屁理屈を立てながら、何度も何度も、僕はよっしーの「嬉しい」という声を反芻していた。それから何度も、「早く治せよ」と空に浮かべる。
傷は確実にふさがる。それでも僕は繰り返すのである。それで誰が救われるわけでもないことだって知っている。それでも、だからこそ、
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※煮え切らないのは8割が実話な所為。
東京を見上げて、これじゃぁ空に落ちることもないなと、俺は一人笑うのだった。
公園でいつも走りまわっていた少年時代。走り疲れると、俺たちはいつも人為的に造られた小山のてっぺんに寝そべって空を見上げた。隣にはいつだって、あいつがいた。
「なぁ、重力ってすごいよな」
奴はいつだったか、俺にそう言ったことがある。
「なんで?」
風が吹くと、一面のチモシーが揺れる。
「だってさ、重力がなかったら、俺たちは空に落ちちゃうんだぜ?」
たったその一言で、俺は思い知らされた。突然体が浮きあがり、加速しながら上昇を始める感覚。しかし目指す先には何もない。目の前にある空は、海よりも大きく、深く、近く、救いようのない穴だったのだ。
そう思った瞬間、俺は自分を縛りつけている地面から動くことができなくなり、涙声であいつに訴えた。
「俺、空こわい」
それを聞いて、しかし奴は呆れた声を出す。
「ばか、もっと夢を持てよ」
俺は奴の言っている意味が分からずに、チモシーを掻きわけて奴の顔をのぞいた。奴はこちらを見ると、不敵に笑いながら地面を叩いた。
「重力があるから、人は地球から離れることができなくて、だから宇宙に夢を描くんだ。詐欺みたいだけど」
奴の頭は良かった。当時の俺には理解できないようなことを、さらりと言ってのけるほど。
「だからって、なんなんだよう」
少しいらいらし始めた俺に、奴はいたずらを企むような顔を向ける。
「だから俺さ、宇宙に行きたい」
奴は確かに、そう言っていた。
あれから年月が経つと、あいつは有名大学を出て、東京にある一部上場の大企業に就職した。社会はまさに、奴のような有望な人材を求めていた、ということなのだろう。でもあいつは、俺に電話をかけてきては、よく「こっちは空が狭い」と嘆いていた。
「お前は恵まれているんだから、文句を言うな」
そうやって苦笑する俺は、奴のことを何もわかっていなかった。不況が厳しくなると、奴は肉体的に追い詰められていったらしい。
そしてぱったり連絡がなくなったかと思えば、過労死だって。
本当、詐欺みたいだよな。
空には幾つものビルが突き刺さっている。あのどこかで、奴は社会に殺されたんだろう。縛り付けられたまま、身動きもとれずに。
どうか、あの世は空の向こうであってほしい。俺は心からそう思った。
しゃがみこむと、コンクリートの隙間から顔をのぞかせるチモシーを見つけた。涙は、あとからあとから溢れだして止まらない。
死後の国は地下にある。そこはあべこべの世界。この世の地面のずっと下にあの世の空があり、あの世の地面のずっと下にこの空がある。
この世にとってのあの世はあの世。だけど、あの世にとってのあの世はこの世。
この世にもあの世にも、私たちの目には見えない鬼たちがいる。彼らは宇宙よりも大きくて、水素分子よりも小さい。仕事があるから、存在している。
鬼たちは羽子板で魂を打ち合っている。この世の鬼とあの世の鬼が、ゲラゲラ笑いながら真剣勝負。この世の鬼があの世に魂を打ち返した時が、その魂の持主が死んだ時。あの世の鬼がこの世に魂を打ち返した時が、その魂の持主があの世で死んだ時。そしてこの世で生まれなおす。魂たちはそうやって、あの世とこの世を行ったり来たりしている。
たまに鬼たちはミスをする。空振りをすれば、飛んでいった魂の持主は死ぬことができず、仙人になる。打ち返す力が弱ければ魂は跳ね返って来て、その持主はゾンビになる。けれど最近は、鬼たちは羽子板からテニス用のラケットを使うように変わっていったから、仙人もゾンビも随分と少なくなった。
また最近は、ラケットの性能の良さが評判を呼んで、鬼たちの競技人口も随分と増えてきた。だから魂も増産される。いまだに記録更新中。どんどん増えて、てんやわんや。
でもそのうち飽きる奴が出てくる。すると魂はあの世にもこの世にも行けず、そのうちに弾力を失って地面に転がる。そしてようやく解脱するだろう。
魂の打ち合いに飽きた鬼たちは旅行をする。ハワイに行ったり、グアムに行ったり、時々この世の鬼があの世に行って、あの世の鬼がこの世に来たりもする。でもひとつ、鬼たちは気をつけなければいけない。この世の鬼はあの世に行けば姿が見えるようになってしまうし、あの世の鬼もこの世の鬼は姿が見えるようになってしまう。だから隠れなきゃいけない。それでもたまに間抜けな鬼が見つかる。それが妖怪と呼ばれるようになる。
鬼の出身地は宇宙の果てにあり、水素分子の中にある。地球で遊び疲れたら、この世の鬼はこの世の果てに、あの世の鬼はあの世の果てに帰っていく。そうやって、もう何億年もやってきた。だから今さら恐れることは、何もない。
生物が生まれて死んで行くのは、ひとえに彼らのおかげなのだ。でも今鬼の故郷では、ずっと飢饉が続いている。僕はそれが悲しくてならない。いつかチャリティーを立ちあげて、運動を起こそうと思うよ。
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※意味不明三部作・下
鳴かぬなら存在しないホトトギス
そのこころは?
「私はホトトギスという鳥に出会ったことがない。しかし一方、鳴き声だけなら聞いたことがある。したがって、私の認識の中では『ホトトギス』という存在を支える要素としては鳴き声が全てであるということがいえる。ゆえに、鳴き声が聞こえなければ、たとえすぐ近くに鳴き声の発生源としてのホトトギスの実体が在ったとしても、私の認識の中では『ホトトギス』という存在を支える要素は皆無、すなわち存在していないことに等しいのである」
鳴かぬなら代わりに泣くわホトトギス
そのこころは?
「だってきれいな声で泣けるはずなのに鳴けないのよ?なぜ鳴けないのかは重要じゃないの。ただ、その事実がどうしようもなく涙を誘うの。悲しくて、寂しくて、ううん、よく説明できないや。私って馬鹿よね……」
鳴かぬならゴメン逃がすよホトトギス
そのこことは?
「鳴かない原因は、捕獲に際してこの個体に与えられたストレスによるものが大きいと考えられるからね。気長に待つこともできるだろうけど、なんだか申し訳なくなっちゃって」
鳴かぬならスズメの勝ちだホトトギス
そのこころは?
「だってスズメさんは歌うよ?スズメさんの勝ちぃ!」
鳴かぬならインコが欲しいホトトギス
そのこころは?
「きっとこれは俺への啓示なんだ。もっと鳴く鳥を集めてみろ、ってな。たぶんインコも鳴かないぜ。そしたら今度はオウムを買うんだ。そうやってグレイドアップしていって、いつかたぶん、すごいことになる」
鳴かぬなら容姿を褒めるホトトギス
そのこころは?
「ホトトギスは鳴き声が全てなんて、誰が言ったの?この子は見た目だってこんなに可愛いじゃない。声を失わせてから気づいたのが私の胸には痛いけど、素敵なことは本当よ」
鳴かぬなら病院行くぞホトトギス
そのこころは?
「こいつはきっと病気だ。喉に腫瘍ができているかもしれない」
鳴かぬなら無という芸術ホトトギス
そのこころは?
「こいつは前衛的なんだ。4分33秒という作品を、君は知っているか?」
鳴かぬならいずれも食うよホトトギス
そのこころは?
「鳴く鳴かないじゃない。食うか食われるか、生きるか、死ぬか、だ」
鳴かぬならいつでも一緒ホトトギス
そのこころは?
「私はホトトギスを見たことがない。鳴き声なら聞いたことがある。でも鳴き声はホトトギスという実体を証明する一側面にすぎないから、鳴き声の喪失はむしろ私の中でホトトギスの存在の可能
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※意味不明三部作・中