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 玄関に出てきたのが父親で緊張したいたぶん、家の中に通されたときは腰が抜けるかと思うほど驚いた。二階に上がり、加島の部屋をノックすると中からへんてこな声が聞こえ、一分間くらいして、にやにやした父親は「ゆっくりしてください」と言い去って行った。目の前に、毛布と一緒に縮こまっている加賀とベッドが現れた。
 僕は謝ろうかと逡巡する。僕は玄関でよいと言ったのだ。父親に通された時も、まさか彼女の部屋に案内されるとは思わなかった。が、それをどこかで期待していたのも事実で、結局それどころではない加賀と同時に「なんか、ごめん」と合唱する。
「寝すぎると、髪がぼさぼさだし、顔はむくむし、くまもでるから……」
 両手で鷲掴みにした髪を顔の前にかき集めて言い訳を始めるので、僕は加賀にどうコメントをするべきかわからなくなってしまう。部屋は僕の姉とは違い整えられていていかにも女の子らしく、それに加えて滞った空気に匂いが満ちている。彼女の体が小さく見えるのは、彼女の成分が部屋に溶け出しているからではないか、と思うと、僕は部屋のどこへ目を遣るのにも躊躇われる気分だった。それで視線を加賀に戻すが、あまり見て欲しくなさそうなのは明らかで、でも僕は彼女をよく見たいとも思っていて、自分の手が加賀用のプリントを抱えていることは、葛藤の間ずいぶん蚊帳の外だった。
 少しずつ、僕は近況を加賀に伝え始める。どうにかして冗談をねじ込んで、笑ってもらった。
「ありがとう」
 そう言って、加賀は一瞬だけ、僕のほうをようやく見てくれた。僕は内心舞い上がったのだけれど、それを悟られるのはひどく気まずいことのような気がした。だから彼女の顔をちょっと見つめるだけにして、「うん」といった後、ポケットからペンを取出し、僕は彼女のプリントに間借りした隅で絵を描き始める。
「……かわいい。絵、うまいんだね。パンダ!」
 輝きのある声。僕はもう顔の弛緩を抑えきれなくなって、
「これ、加賀の似顔絵な」
 と言った。
「えー……意地悪だなぁ」
 彼女の不意を突いたことで、僕は絨毯の感触や、部屋の温度や、加賀のパジャマ姿が、自分のほうに歩み寄ってくるのを感じたのだった。それでも、「パンダ、かわいいじゃん」とは言えなかった。
「失礼。はい、お茶」
 加賀の父親は、適度なタイミングで様子を見に来ることを忘れない。
「ノックしてよ!」
 怒鳴る加賀に、僕は一人苦笑いを浮かべる。

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※高校生、というよりは、自宅通いの大学生同士くらいのやり取りに見える。
※見られたくない姿を見られて傷つく心理は割愛。
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2012.11.11 Sun l 1000文字小説 l コメント (0) トラックバック (0) l top
 「大丈夫、怒らないから」と言われると、僕はいつも苛々した。確かに口をつぐむのは、怒られるのが怖いからだ。僕が口を割るのと割らないのとでは、その先の運命が大きく分かれてしまう気がする。もちろんたいていは大した差も生まれなかったろうな、と思いながら、じんじんするたんこぶを押さえなくてはならない結果を見るのだが。しかし強いて言えば、それは誰もいない崖から突き出た枝にぶら下がって、「今手を放すのと離さないのとでは、この先の人生が大きく違っていそうだ」と思うのと同じなんだろうと思う。つまり僕は、死から逃れるために口をつぐむのではない。死の恐怖から逃れるために口をつぐむのだ。
 だから僕は「わかってないくせに」と唇をわっかにして、そこに涎の幕を張りながら思う。怒られたくないのではない。怒られることに対する、恐怖を感じたくないだけなのだ。悪気はある。怒られてしかるべきだという自覚もある。あとは恐怖だけなのだ。なのに、そんな、大きな怪物への戦いに覚悟を決めて立ち向かおうとしている僕に、母さんは「そんな怪物いませんよ~」などと言う。しかもあからさまに嘘だ。これはどう考えても、僕を怪物に立ち向かえない、弱い人間だ、と見下している態度だ。勇気への冒涜だ。そうして僕のプライドを傷つけていることに、母さんは一向に気づかない。
 僕は怒られる覚悟をくじかれ、告白する気をくじかれ、余計かたくなになってぱくぱく口の上のシャボン玉で遊ぶ。母さんは僕の薄暗い、しかしふざけたことをやる顔にほとほと困ることだろう。しかし僕も困るのだ。そんな安っぽい嘘で釣られてしまうほど、僕は安っぽい男じゃない。そんな教育方針では、僕が安っぽくて使い物にならない人間になってしまうのだ、とどうにかして母さんに伝えたい。でもそんなことを言えば、その場の話題において見当違いの発言だし生意気だしで僕が死ぬのは目に見えていた。
 ピエェエエ、と、台所のほうから切羽詰まった馬鹿みたいな薬缶の悲鳴が聞こえ始める。この対峙。この対峙……!もう十分気まずさは味わったというのに、動けない絶望感。涎のにおい。
「ごめんなさい」
「何がごめんなさいなの?!」
 最後の手に出た僕は、即座に母さんのカウンターを食らう。わかったけどとりあえず薬缶の火、止めようよ。もし火事になったら僕のせいみたいだろう?
「ごめんなさい」
「ごめんじゃないの!」
 ああ、僕は涙ぐむ。

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※自意識とプライドが高い少年ってやつです。あふれる小説もどき……!
2012.11.11 Sun l 1000文字小説 l コメント (0) トラックバック (0) l top
 護岸された、小さな川だった。架かっている橋に、男は週に一度訪れて、ずっと恋人を待っていた。相手が恋人である自覚を持っているのか、男には確信が持てなかったが、それでも彼女のためにいつも橋で時間を潰している。夕暮れの日が流れの中で輝いて、男はその水面にガンジス川を想った。次の瞬間には川の小ささに一人で笑う。それでも日が暮れるまで、男はガンジスを想い続けた。

 ブロックの隙間から飛び出たスゲの先にトンボがとまった。翅が下がる。そこに少年は虫取り網を振る。だがトンボは準備万全とみえて、悠々と飛び避けてしまう。同時にそこいら中のトンボが舞い上がって、少年はトンボの洪水に呑まれたまま、癇癪に突かれて大声を出す。虫取り籠を貸してもらったのに、その中にはまだ何も入っていなかった。このままでは格好がついたものではない。少年は乱暴に虫取り網を振り回す。そして足をもつらせ川に落ちる。川は笑うようにせせらぐばかりだ。

 川沿いの雪道を、初老の女がゆっくりと歩いてきた。長い間体を病んで床に伏していたためか、歩みはどうにもおぼつかない。しかし過剰ともいえる防寒装備の見た目もあってか、滑稽なほど安定感がある。長靴をはいた女は雪を掻いて川原の斜面に踏み入ると、そっとしゃがんで凍った川を眺めた。彼女はあの氷の下に魚がいるかどうかで、ツレと喧嘩をした日のことを思い出す。足元の雪をすくって雪玉を作る。もう一つ。凍てつく手にも構わずに、女はツレの面影を瞳の奥で探している。

 橋の上で、男は今日もガンジスと呼んだ川を眺めている。欄干に置いた手は皺だらけだった。老人にもう土手に降りていく元気などはなかった。彼は隣の手を握る。それも彼と一緒に皺だらけになった手だった。川は、彼らが愛し合っていることを知っていた。ガンジスの夢に包まれて、永遠に愛し合っていた。

 茂ったスゲがざわざわと揺れる橋の下に、二人の子供が逃げ込んだ。暗くて互いの顔もわからないが、二人とも同じように息を切らしていて、そのうちにおかしくなりクスクスと笑いあった。どちらも家出をしたらしかった。小さな少年と少女は、何か悪いことをやらかして、逃げ惑っていたのだろう。笑いがやむと、急に心細くなって、少女は少年の手を握る。
「約束だよ」
 少女に答えるように、少年はそっと手を握り返した。川は何も言わず流れるばかりだ。星をうつすその水面は、いつまでも流れ続けている。

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※川の水は下へ下へしか行かないけど、何度も繰り返し循環するものでもある。周りにあるものにいつだって影響を与え続ける。
2012.11.09 Fri l 1000文字小説 l コメント (0) トラックバック (0) l top
 旅館に数人の友達を連れて訪れた時の話である。日が暮れる頃に到着し、荷物を部屋に置くと我々はすぐに温泉に入った。温泉には露天風呂がついていたが、その日は雲が一面を覆っていたから、真の暗闇に、あぁ俺たちは本当に山奥に来たのだな、と思い知らされるばかりで長居しようとする者は一人もいなかった。
 酒盛りが始まると我々は声を大きくして騒いだ。どれだけ騒げば女将さんに怒られるか試してみよう、という誰かの提案だった。女将さんは全身から艶めかしさが溢れていて、男だらけだった我々の色欲は、女将さんの色気と酒の力によって余計に高められていた。
 便所に立っていたAという友人と、襖に対峙して座っていた私は目が合った。Aは他のものと同じように顔を赤らめていたが、彼の挙動にはどこか不審さが認められた。かと思うと、Aは他の者を憚りでもするかのごとく、忍び足で私のそばに来て
「ちょっと来てくれ」
 と耳打ちをするのであった。
 先ほどのAは、微かに緊張を滲ませていたのだが、玄関を出て、懐中電灯を片手に建物の壁に沿って歩き出すと一転、嬉しそうに前へ前へ進み言った。
「いくら騒いだって女将さんは来ないよ。俺、見たんだ。あの人、いまお風呂入ってる」
 彼は露天風呂の方へ向かっているらしい。おそらく入浴している女将さんの裸体を観察しようというのであろう。私は自らも興奮していることを認め、Aの後を追った。
 露天風呂よりも手前の壁際にちょうど柿木が立っていて、これを伝えば屋根に上れる、とAは小声で言う。
「危なくはないか」
「大丈夫。ひとまず俺が様子を見よう」
 Aは答えるや否や木に足をかけ、あっという間に屋根の上に降り立った。風のない暗闇の空にAの姿は完全に溶解した。
 私は待った。ところがいつまでたってもAが戻ってくることはなかった。女将が露天風呂に入るような音さえもしない――。
 急激に私は酔いがさめるのを感じた。懐中電灯を上に向けたが、光はすぐに霧散する。Aの名前を呼んでみたが、声は伽藍堂に響くようにおののくばかりであった。
 全てが暗黒を演じているのだ。彼らは私を無視するように、しかし意図的に私を呑み込もうとしている。そう思った瞬間、ここにいてはいけない、という本能が私を支配し、私は旅館の中へと息も忘れて逃げ帰った。私は客であった。だが「溶解」したAは……。
 翌日、女将は代役に代わっていた。そしてAは帰ってこなかった。

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※確実に1000文字では足りない感じでした。
2012.11.09 Fri l 1000文字小説 l コメント (0) トラックバック (0) l top
 ホームレスの女に会った。彼女は二十歳だといった。僕が彼女について知っているのはそれだけだ。桜がたくさん植えられている小さな公園の隅に、段ボールハウスを構え、
「ここは穴場だったんです。誰の縄張りでもなくて」
 と笑っていた。
「あなただって、明日は我が身かもしれません」
 女は痩せてはいなかった。長い間ホームレスをしていたわけではないのだ、と彼女は言った。僕は段ボールハウスの前で彼女と体育座りをしながら、からからに乾いた空を眺める。時間が過ぎるのは遅かった。僕は何度も女のもとを訪れては空を見た。彼女の周りにはいつも不特定の猫がいた。
「ときどき、猫と一緒に寝るんです」
 女は三毛猫をなでながら言う。しかしそれを見ている黒猫が嫉妬して睨んでいて、彼女はそれにも優しく声をかけていた。彼女の口からは白い息が出てきた。僕のと同じ息だ。そしてすぐに消える息だった。
 僕が食べ物をあげると、女は少し困ったような顔をしてから、「ありがとう」と言って受け取った。彼女はどうみてもホームレスには見えなかった。
 ある日、公園に行くと段ボールハウスの前で女は石のように突っ立っていた。その前には警官が腕組みをしていた。僕は小走りで近寄って、警官に軽く会釈をした。
「家出していたんです。ご迷惑おかけしました」
 女は誰のものかわからない古着を何枚も重ねて羽織っていた。僕は彼女を自分の家に連れて帰ると、そのジャンバーやらパーカーやらを全部脱がせて、シャワーを浴びせて、新しく買った服を着せた。女は照れくさそうに笑った。
 その夜、僕たちは河原に行ってたき火をした。落ち葉と枯れ枝と、女が着ていた服をぜんぶ燃やした。その火で魚と芋を焼き、赤く照らされる女に渡すと、女は小さな口で少しずつ食べ、「おいしいです」と言った。
 君には人生があるのだろうか。生き方や、夢があるのだろうか。
「あなたには、私が誰に見えますか」
 澄んだ目をした女に、ホームレスには見えないよ、と、僕は答えた。
 次の日、女を寝かしつけた布団は抜け殻になっていた。僕が与えた服ごと消えていた。布団は冷たい。その上に座って、僕は古い写真の整理をした。思えばずっと捨てるつもりだったのだ。すべてビニール袋に入れると、僕は外に出た。
 桜の木がある小さな公園に、段ボールハウスなどなかった。猫たちがあくびをしている。その中に座って空を眺めるのが、いつのまにか僕の日課だった。

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※サルトルおもしろそーだよなー
2012.11.09 Fri l 1000文字小説 l コメント (0) トラックバック (0) l top