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 母さんが大事にしていたと聞く狸の焼き物を捨てたらしい。そう知った僕は虚脱感に襲われ、実家に帰った際におばさんと大喧嘩をした。おばさんというのは父さんの再婚相手で、つまり僕にとっては継母となるのだが、僕は彼女を未だに「母さん」と呼んだことがない。別におばさんを憎んでいるわけではなかった。ただ、母方の祖父母とはしばらく縁が続いたから、僕は幼心に彼らを思いやったのだ。おばさんも表面上は受け入れてくれてくれていたから、そのまま定着していたのだった。ところが去年父さんが死に、事実上、僕の肉親がおばさん一人になってしまった。そこで僕は密かにおばさんの呼び方を変えよう、次の帰省のときには、きっと彼女を喜ばせよう、と考えた。そうしていた先の喧嘩だった。
「あんたとあたしはなんの繋がりもないんだよ。ここはあんたにとってはただのオバサンの家だよ。あんたのママの家じゃないんだよう」
 感情が極限まで高まったところでおばさんは泣きながら叫んだ。僕は返す言葉を見つけることができなかった。彼女が僕の母親であろうと努力していたことは、よく知っていたのだ。思考回路が混乱し、僕も泣かざるを得なかった。おばさんは母さんを憎んでいるわけではない。狸の焼き物を馬鹿にしていたわけでもない。しかしおばさんが愛した父さんは、母さんの元へ去ってしまった。彼女は寂しかったのだろう。そうはいっても、僕にとって母さんの形見は狸の焼き物だけだったのだから、容易に許せるわけはなかった。自分で持っていることができないなら僕に渡せばよいものを、敢えてそうしなかったおばさんは本当に馬鹿だと思う。許せないのではない、悲しかった。
 今、母さんが生きていたことを僕に証明できるのは、僕の中の記憶だけだ。たった数秒の記憶、三才だった僕は、昼寝から目覚め、母さんの居場所を探した。母さんは扉の開け放たれたトイレで、首を吊っていた。
 母さんの死に様は、僕が抱きしめる唯一の、母さんの生き様だった。トラウマではなく、切実にそう思っている。しかしそれだけでは不安だったから、僕は密かに狸の焼き物を特別な目で見ていた。やがて母方の祖父母もいなくなり、父さんも新たな人生を歩み始めたとき、僕以外に母さんの存在を肯定してくれたのは、狸の焼き物だけだった。
 僕の記憶だけでも、僕は母さんの存在を守ってやれる。ただ、おばさんを母さんとは呼べないだろう。そう僕は思った。

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携帯から(仮)
テーマが混在して恐ろしいことになっています(笑)
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2012.12.16 Sun l 1000文字小説 l コメント (0) トラックバック (0) l top
鳥の往く静謐の空寒々と見上ぐ梢の遠き夢
霧の立つ日に目覚める楢の葉音をその芽に忍ばせつ
身を寄せて微かに揺れる枝枝に
我が手を重ぬ冬の暁

2012.12.13 Thu l その他作品 l コメント (0) トラックバック (0) l top
 いまさらですが、夏目漱石のいわゆる前期及び後期三部作「三四郎」「それから」「門」「彼岸過迄」「行人」「こころ」をとうとう全部読みました。「行人」「こころ」は以前既に読んでいたのですが、他の四作品については長らくツンドク的な状態にあり、最近になってふと手に取った「彼岸過迄」の通読再開を皮切りに一気読み(ただし遅い)した次第です。氏の他の作品はあまり読んでいないため全体としては分からないのですが、この六作はどれも論理が丁寧に示されていて大変読み進めやすかったです。いずれも登場人物が自分の利己に苦しめられる様が鋭く描かれており、ある見方ではもどかしく、ある見方では滑稽で、又ある見方では自分の問題として唸ってしまうような大変興味深い小説でした。
 個人的に最も思い入れがあるのは、やはり中学時代に国語の授業で知った「こころ」ですが、これについて僕の中で「両親と私」の章に関する印象が抜け落ちてしまっているのでまた精読する必要がありそうです。しかし先生やKの葛藤はものすごく胸に響いた記憶があります。幸不幸が単純に分かつ事のできない概念であること、利己主義が単純に批判されるべきものでないこと(読んだ当時の僕はかなり偏った利他的思考だったので)、悪意に生きずとも罪悪にかられる人生を送りうること、などを子供心ながらに感じ取っていました。
 一気読みした四作の中で一番印象的だったのは「それから」ですねえ。高等遊民(偉そうなニート)の代助が自分と三千代の自然(言い換えれば利己)を手にするために社会を敵に回すお話。高尚な生活、生活観を自ら捨ててしまう主人公の変化がカタルシスでした。そうして「世の中が動く」とうわ言を吐く最後のシーンの表現は言うまでもなく秀逸です。それ以外にも、告白の後で百合を庭にばら撒く場面とか、代助が平岡に全て打ち明け、二人がそれぞれの苦しみに襲われている場面とか、特に後半部は強く胸に訴えかけてくる行動、状況が多く見られましたね。全体をみると人間関係の構図や成り行きそのものは単純なのですが、鷹揚な人格に隠された過敏さを以って世間に臨んだ結果の一例として、この構造もまた面白かったです。
 残りの作品についてもいろいろ面白い点があったのですが割愛。物語として最も好みなのは「門」ですね。救いようがなくても夫婦愛が健全なのが良い。表現で印象的だったのは彼岸過迄の「一筆がきの朝貌」(これどこかの文章でも見かけた気がするのですが、デジャヴか)等。まぁ要するに慎ましやかな女性に好印象を抱いたってことになるのでしょうか(笑)。
 氏の作品に関する考察などを検索すると色々な見方が存在するようで、高度な読み方をする人々がうらやましいのですが、ともかく僕は僕なりに楽しみましたよというお話でした。
 読書計画を立てるなら、ここいらで前から気になっている芹沢光治良を読んでみたい。氏の「死と愛の書」を去年読んだのですが、その内容がいまだに濃い色で残っているので、来年の頭あたりにかけてちょいちょいと手を伸ばしたいところです。
2012.12.13 Thu l 未分類 l コメント (0) トラックバック (0) l top
「短編」第122期のコンペ投稿作でした。
今回は前半部と後半部で話の方向性ががらりと変わっています。よって前半は抽象的な語りですが、必ずしも後半を説明し得たものではありません。とはいえ、「過去の集積」「固定」というキーワードは後半に繋げているつもりです。
後半は、現在のヨシノと過去のヨシノが別人であることを悟った主人公が、記憶の中にある「過去のヨシノ」の亡霊を現在に出現させる、という話でした。
過去の集積をある時点で止め、そのまま固定した「ヨシノ」を存在させるという主人公の試みは、言ってしまえば単なる現実逃避です。が、「現在」という状態の懐疑、あるいは「空性」とでも言うべきものを考える上で、現実から目を背けるのは有意義であるように思います。と、そんな意図が込めての後半だったわけです。
もっとも、逃避が最終的に現実の肯定に結びつかない限りはなんの解決にもならりません。そういう点も含めて、今回は御座なりに書きすぎたかもしれませんね。いやはや。
まぁタイトルは、ピアスの穴と共に過去への執着に陥った男ということで、現実の肯定に失敗した主人公を是認したものなんですがね(-∀-)。

はい、携帯から書いていて辛いので今日はこれにて
2012.12.01 Sat l 短編(サイト)関連 l コメント (0) トラックバック (0) l top