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私は心の中で「馬鹿やろう」と叫んでいた。
この世は実数世界だったのか。
私には、手遅れになるまでそれに気付くことができなかった。

しかし彼女は確かに言ったのである。
「もっと多面的に私を見て」と。
彼女は考古学専攻だった。
したがって、おそらく古人の壁画の事を言っているのだろう。
はじめ、私はそう考えた。
そして、よく意味がわからなかった。
そもそも私には二つの目しかない。
どう頑張っても君の鼻とつむじを同時に見るのは不可能ではないのか。
しかしそう私が問うと、彼女は溜息の後、次にこう言うのだった。
「じゃあ、あなたの好きな数学に置き換えればいいわ」と。

それは彼女が他の男と談笑していて、私が嫉妬した時の話である。
ゆえに彼女の言葉は、私の嫉妬を説くためのものなのだと思われた。
すなわち「数学的に多面的に彼女を見れば、私の嫉妬は解ける」。
そう、彼女は言いたかったのだろう。そうだろう?
だから私は必死に考えた。そして一つの策を編み出した。
彼女を多面的に分析するための複雑な関数を導入したのである。
すると俄然私の目には色々なことが見えてきた。
彼女が笑えば、私はその裏に潜む私への憎悪を見た。
だから私はその都度、全力で土下座して謝った。
彼女が私を褒めれば、私はその裏に潜む私への非難を見た。
だから私はその都度、翌日には褒められた部分を“改善”した。

そしてついに、私は嫉妬を解くに至った。
確かに嫉妬は解けた。しかし、まさかこういうことだったとは。
そう、私は彼女に愛されてなどいなかったのである。
考えてみれば、私は罪深き人間だった。
身の程を知らず、彼女の厚意が私への特別なものだと
よくもまぁ無責任に思えていたものである。
ああ、君はなんと多面的な人間であることか。
気が付けば、私は完全に敗北していた。
心が折れたのだった。

だから私は彼女を呼び出してこう言った。
「真実を見るに、私は君に愛されていると勘違いをしていたようだ。
私が君のそばにいるというのがそもそもの間違いだったのだ。
君の事も考えず、本当にすま」
その瞬間、私は頬に激痛を覚えた。
見ると彼女は何故か泣いていた。
そして言うのだった。

「この馬鹿!自意識過剰なのよ!人の気持ちも知らないで!
そうやってずっと一人相撲していればいいわ。無理。じゃあね」

彼女は去った。
然るべきだと思っていた馬鹿な私が,
見ていたのは虚数次元だったのだ、ということを知ったのは、
それからずっと後のことである。


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※iの付く愛は要らないのです。「虚」的な意味で。
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2011.12.01 Thu l 1000文字小説 l コメント (0) トラックバック (0) l top

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