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小さい頃、「巻貝の貝殻を耳に当てると海の音が聞こえてくる」という話を、僕は何の疑いも無く信じていた。

僕は海が大好きだった。
深く潜って海面を見上げ、揺れる日の光に見とれる中で、魚の群れに遭遇したり、海藻の森に寝転がったり、そんなことをしてみたいなぁと思いながら毎日を過ごしていた。
けれど僕が住んでいたのは群馬県の山中で、しかも親が貧乏だったから、実際には海なんて夢の向こうの存在みたいなものだった。
夏休みに友達が海水浴に行くと言う話をしていれば、僕はもう羨ましくて、でもそのたびに涙を呑むしかできなかったのだ。

だからこそ、僕にはその渦巻き貝が宝物だった。
カラスかなにかが落としていったのか、僕はそれを山の中で拾ったのだった。
ちょうど海に行けずにいじけていたところだったので、それはもう、とても嬉しかったように思う。
朝起きたときも、夜寝る前も、僕は暇さえあれば貝殻を手に取った。
今に海の漣の音が聞こえるんじゃないかとワクワクしながら、耳に押し当てるのだ。
それさえあれば、僕の海はすぐ近くだった。

でも、小学校を卒業する頃には、もう海の音なんて聞こえないと、悟ってしまっていた。
最後の夏休みも、僕は山にしか行く場所が無く、友達は皆遠くに行って、僕は一人、とっくに飽きてしまった里山の中で佇んでいた。
確かその時は、急に悔しさがこみ上げてしまったのだと思う。
僕はポケットに突っ込んでいた貝殻の存在が疎ましくてしかたなくなった。
だから、気付いたらそれを思いっきり放り投げていたのだった。
でもすぐに後悔した。たとえ海の音が聞こえなくても、宝物には違いないのだ。
半べそをかいて探すと、道のハズレに小さながけがあって、その下に貝殻が落ちているのを、やがて見つけた。
しかし、自分の貝殻なのかは、よくわからなかった。なぜなら、周囲にたくさん、しかも色々な貝殻が落ちていたからだ。
後に僕は、それが縄文海進時代の貝塚だった事を知る。

それから僕は考古学に目覚めた。
昔の人がどのような環境に暮らしていたかを、日がな一日考えるようになった。
以来、僕はそういう史跡をたずねて色々なところにも行った。
といっても、調査地はみんな内陸で、やっぱり今も、僕はあまり本物の海を見る機会には恵まれないのだが。
それでも、僕は海がまだ大好きだった。
僕が耳に押し当てる貝殻からは、縄文時代の海の音が聞こえるようになったのだ。
これほどロマンのある話はない。
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2011.12.01 Thu l 1000文字小説 l コメント (0) トラックバック (0) l top

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