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 娘が札幌に就職をするというので、私たちは16年ぶりに北海道に来ていた。積もった雪はまだ分厚いが、春が近いと晴天は伝えている。

 「懐かしいねえ、お父さん」

 こうして二人きりで歩くのは、あと何回もないような気がする。私はまだ本州での勤務が残っているし、この子だって結婚してしまえば、親父になんて構ってはくれなくなるだろう。

 キシ、キシと雪を踏みしめながら、私たちの散歩道は転勤前に住んでいた宿舎へと続いていた。

 「ねえお父さん、昔私に木の名前を教えてくれたことがあったじゃない?」

 会話が途切れてから、不意に娘が口を開いた。

 「なんて言ったかなぁ。確か体の一部が名前に入ってたんだけど」

 なんだろう。体の一部だったらホオとかコブシとかだろうか。

 しかし、娘は違うなぁと言った。

 「なんかね、『焼き爪先』みたいなやつなの」

 ヤキツマサキ?その方面で勤務歴が長い私でも、その名前は聞いたことが無かった。もちろん教えた記憶もない。ただ、区切りを変えて考えれば、マサキの一種かもしれない。

 「赤い実が綺麗だったんだよね」

 私は腕を組んでウーンと唸った。たしかにマサキ類は成熟すると赤い実をつけるが、そんなに強く印象が残るほどのものだろうか。そもそも、この辺のマサキ類はツルマサキしかないから、植物園で鮮やかなのを見たのかな。ところが娘は外で見たのだという。

 「あの実が大好きで、たくさん集めてたなぁ」

 それを聞いて記憶を必死に手繰り寄せた私が「もしかして」と言うのと、娘が「あ、あった!」と指を指すのはほぼ同時だった。

 ここから宿舎まで続く街路樹には、その全てに真っ赤な実がぶら下がっていた。秋からずっと残っていたのだ。

 「あれは『ナナカマド』だよ」

 そう私が言うと、「え、そんな名前だったっけ?」と娘は腕を組んで唸った。思わず、笑いが込み上げてくる。

 名前を教えてやると、幼稚園に入りたての娘は「なまかかと!」と連呼していたのだ。ある日仕事から帰ってくると、「なまかかと、拾ってきたよ!」と言いながら、両手に湛えた赤い実を見せてくれた。そうか、そうだったなぁ。

 なんでヤキツマサキだと思ってたんだろう、と首を捻る彼女に、真相を教えるのはまだやめておこう。いつか結婚式に呼ばれたら、いいネタになるだろうから。

 急に泣きたくなるのを我慢しながら「いい男見つけろよ!」と娘の肩を叩くと、背伸びをして実を取ろうとした娘は「ちょっと、何の話?」と言って笑った。
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2011.11.10 Thu l 1000文字小説 l コメント (0) トラックバック (0) l top

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