FC2ブログ
僕は毎日午後八時に玄関前で佇むようになった。
母さんたちは、僕が何をしているのかをよく知らない。

安っぽくて馬鹿でかいチャイムの音が家の中に鳴る。
午後八時だ。誰が来たのかは、考えなくてもわかった。
マンガを読んでいた僕に、母さんがなんて言うのかも。
「浩太。たぶんお父さんだから、出てあげて」
台所から投げつけられる命令に、渋々腰を挙げる僕。
玄関の扉の鍵を開けるまで、父さんの機嫌だけは分からない。
カチリと錠を外すや否や、玄関に響く「タロイモー!」
寒いことなど分かっている、とでもいうかのような口調。
どうやら今日の父さんは、機嫌が良いようだ。
そんな、毎日だった。

僕の父さんを名乗る人物は、二人いるんじゃないのか。
厳しい父さんと、優しい父さんの二人だ。
僕は常々そう考えていた。
父さんは、優しい時は空回りなくらい優しいのに
怒るとどこまでも追い詰めるような厳しさがあった。
きっと二人の父さんは、父さんの会社で会議をするのだ。
今日はどちらが家に帰り、明日はどちらが「父さん」をするか、と。
もちろん僕は本気でそう思っていたわけではない。
ただ、そのくらい、父さんは豹変するものだから、
優しい時も、厳しい時も、僕はそう考えずにはいられなかったのだ。
もしかしたら、もう一人の父さんは家の天井にでも見張り穴があって、
気づかないうちに、僕の行いを監視しているかもしれない。
そんな想像をして、怖くなったりもした。
そしてそんな日は、いつまでも続くと僕は思っていた。

でも、父さんは死んだ。

僕は待っていたのだ。
死んだのは、一人目の父さんだ。
ならもう一人の父さんはまだ生きている。
だから、早く帰って来て。寂しいんだ。
優しい父さんでも、厳しい父さんでも、どっちでもいいから。

もちろん僕が、本気でそう思っていたわけでは、ない。
ただ、認めたくなかったのだ。
父さんがもう帰って来ないなんて、信じられなかった。

ああそうか、もう一人の父さんはきっと、
死んだ方の父さんとこんな話をしたんだ。
「俺達はもう、十分家族のことを見守ったよな?」
「ああ、子供たちも、立派に成長したようだよ」
「なら、そろそろ秘密組織に報告をして帰ろう」
「ああ。一応俺達は死んだことにしてな。かわいそうだけど」
そうだ、父さんは秘密組織の人だったんだ。
なら、良かった。

僕はしゃがんで、何も考えずにうずくまる。
扉の向こうは、いつまでも、
蛍光灯の薄明かりが、無人の外玄関を照らし続けている。
スポンサーサイト



2011.12.03 Sat l 1000文字小説 l コメント (0) トラックバック (0) l top

コメント

コメントの投稿












トラックバック

トラックバック URL
http://kirinonarahito.blog.fc2.com/tb.php/139-29a3b426
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)