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標高三百メートルの三角山。
大都市の近くにあるのに、そこには豊かな自然が残っていた。
その頂上から、今日は街の遠くまで見渡すことができた。
それを確認した後、私は大きく深呼吸してから踵を返す。
下り始めて、わりとすぐのところにはあずま屋が設置されている。
そこには椅子と机があって、登山者は自由に利用していた。
さらにノートも置いてあって、たまに私も感想などをそこに記録する。
今日も寄って行こうかな、と思っていた丁度その時だった。
あずま屋の前で、私は男の人とばったり出くわしたのだった。
「こんにちはー」
私と同い年くらいの彼は、少し手前から陽気に声をかけてきた。
登山中なら挨拶はマナーだ。変に意識すべきことではない。
だけど私はその瞬間妙に緊張してしまい、尻すぼみな返事になる。
「こ、こんにちはー」
やってしまった……。
しかし、彼は変な顔をせずにこちらまで来て立ち止まる。
木漏れ日が揺れて、私は目を細めながら、彼と対峙した。
「今日はいい天気ですね。景色、良かったですか?」
「はい……、とても」
「そうですか。では、お気をつけて」
それだけのやり取りが済むと、
彼は軽く会釈して、再び歩き出そうとする。
でも、ちょっと待って――!
「あ、あの!」
「なんですか?」
彼は私に向きなおして笑いかける。くそ、なんていい笑顔なんだ。
「……珍しいですね。若い人がここに登りに来るなんて」
「ああ、よく言われますよ。週に三回くらいですね」
「そうなんですか」
「あなたも、けっこう登るんですか?」
「え、ええ、そこそこに」
彼はにこりと笑って、「同じですね」と言った。

それだけの会話だった。
でも、彼が去ると私は疲れて、あずま屋の椅子にどっと座りこむ。
そしておもむろに、据え置きのノートに手を伸ばした。
あの人だったり、しないかな――。
二週間前の自分の書き込みまで、私はページをめくる。

傷心登山中なう(泣)。

その後ろには、若そうな字でこんなコメントが添えられていた。

いいですよね。山は全部受け止めてくれます。

それだけなのに、私はそれ以来、
時間をずらして毎日ここに登るようになったのだった。
まったく、どっちが珍しいんだか。

あの人だったらなら、今から私がここに書き込めば
また、コメントをくれるのかな。
私が持ったペンは、空白のページ上空をさまよった。
小鳥が飛んでいく。
違ったら、コメントをくれないのかな。
風の音。さらさらさら。

そしてため息。
私は、静かにペンを置く。
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2011.12.03 Sat l 1000文字小説 l コメント (0) トラックバック (0) l top

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