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 この街には、あまり多くの人が住んでいるわけではない。だから多少広い道路でも、少年たちが歩く間に、車が通りかかることはほとんどなかった。
 少年は、無言で少女の後を追った。少女はそんな彼の態度に不満を示すこともなく、ただただ、ある場所を目指していた。やがて彼女は、坂道を登り出す。その先にあったのは、二人のいた住宅街と、向こうの中心街とを隔てている、丘の頂上だった。
 そこにはバス停と寂れた公民館があった。こんな辺鄙なところに誰が来るかよ、とでもいうような、荒んだ雰囲気すら醸している構造物。そんな公民館を指さしながら、彼女は言う。
 「あそこに登るの」

 壁に非常用の梯子が付いていて、その冷たさに耐えながらカンカンと登っていくと、広い屋根の上に出た。昼の日射で融けたのか、雪はほとんど見当たらず、赤いトタンが露出している。
 「ここね、よく来るの。空が近いから」
 少女は闇に溶け込みながら、乾いた音を立てて奥に進む。それから、住宅街を見おろせる側の屋根の端に、足を投げ出して座った。
 「ねぇ、どうして、さっき君はあそこにいたの?」
 少女は後ろを振り返って少年に尋ねる。少年は、彼女の後方に、少し距離を置いて腰をおろしていた。
 「適当に歩いていただけだよ」
 「でも、あのお店の前で、立ち止まっていたじゃない」
 彼女は表情に不自然なほど無垢な疑問の色を浮かべ、その瞳は毛の一本も逃すまいとでもいうかのように、まっすぐ少年を見ていた。弱々しい風がそよいで、ニット帽からはみ出した髪が微かに揺れている。
 「ずっと前に、来たことがあったんだ。父さんと一緒に、よくね。行くたびに、父さんはマスターと話をしていた」
 そう言いながら、遠方に向けていた視線を少女と通わせる少年。
 ふとその時、彼は彼女の黒い瞳から、何かしらのデジャヴュを感じたのだった。それが具体的に何なのかは理解できず、一瞬の混乱を覚える。
 だが少女は、そんな彼の様子には特に頓着せずに、質問を続けてきた。
 「君はその時、何をしていたの?」
 「俺は……よく覚えてないな。今年って、何年だっけ?」
 少年はひとまず、デジャヴュは意識の隅へ押しやることにして、彼女の言葉に応答した。何年かを聞いたのは、シャッターに付されていた張り紙を思い出したからだ。
 「平成二十二年」と、少女は答える。それを受けて、彼は笑いながら弁解するのだった。
 「じゃあ、あの店、もう七年も店じまいしてるはずだろう。それよりも前の話なんだから、分からないよ」
 実際、記憶に残っていたのは「父さんと行った」という印象のみだったのだ。何歳の頃に行ったのかさえ、彼は思い出すことができなかった。
 「そういう、お前は、どうしてあそこで立ち止まってたんだよ」
 「お前」という乱暴な言葉にやや躊躇しながらも、少年は質問を投げ返してみた。
 すると少女は顔を曇らせ、前方へ向けてしまった。その反応に、やっぱり今のはマズかったかな、と少年は少し後悔する。
 しかし、次に彼女はそっと呟くように「幽霊って、信じる?」と、言葉を放ち、またその問いかけに、少年は思い切り面喰うのだった。
 「なんの話?」
 思わず少年はそう聞き返す。
 最初に抱いた「人間か、幽霊か」という疑念を、少年が忘れていた訳ではない。ただ、真偽はともかく、少女のそばにいるうちに、彼の中には「ま、どっちでもいいか」という妥協が生まれていたのだ。だから、疑念を大胆に蒸し返してきた彼女に対し、彼は大いに戸惑った。
 少女はちらりと振り返り、少年の焦燥を感受したのか、一瞬俯きクスリと笑う。それからおもむろに立ち上がって、少年の方へ振り振り返り――。
 そして微笑みながら、こう言うのだった。
 「私、幽霊なの。……って言ったら、信じてくれる?」
 少し強い風が音を立てて吹きぬけて、少女のコートはふわりと揺れる。
 少年は、少女の背後に在る闇に、微かな明るさを認めた。星の明かりと、丘の下の街の明かり、さらにそれらが、昨日積もった僅かな雪に映されて、淡く、浮かび上がったのだろう。そして少年は息を飲むのだった。その儚い光に包まれた少女の姿は、あまりに、幻想的で。

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2011.12.05 Mon l 幽霊と少年(完結) l コメント (0) トラックバック (0) l top

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