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 「私はもう往かねばならないのだが、どうしても、君のお父さんのことが気がかりでね。実を言うと、君のお父さんは、私の愛弟子だったものだから」
 かつて受け持った、私の生徒なんだ。マスターは、そう言っていた。
 「……先生だったの?」
 「いかにも。遠い昔の話だがね」
 マスターは嬉しそうに頷きながら、なおも少年を見つめ続ける。
 「そこでお願いなんだが、君には、お父さんときちんとお話をしてもらいたいんだ。長い間、君はまともに、彼に顔も合わせてあげていないだろう?図星だね」
 少年は目を見開いてから、ばつの悪そうな顔になり、それから無意識に頭を押さえ、斜め下に視線を落とした。
 「だって……」
 言い訳をしようとする少年に、マスターは「まぁ、いいんだよ」と、微笑みかける。
 「でも、彼は昼の法要に来てくれてね。私の前で胸の内を明かしてくれたんだ。君のお父さんは、ずいぶん君を気にかけているよ。だから……どうか、彼を安心させてやってくれないか」
 それだけ言い切ると、マスターは黙って、こちらを観察しているようだった。そう思って、少年は仕方なく視線を上げたのだが、景色が霞んで見えたため、彼は何度か瞼をしばたかせる。
 しかしすぐに気付いて少年は唖然とした。彼の目の前では、景色が霞んでいたわけではなく、マスターの姿が、消えかかっていたのだ。
 「マスター?」
 少年は、体が冷えるのを感じながらそう呼びかけた。マスターは確かにそれを聞いたはずだ。しかしもう、その表情を読み取ることはできない。
 「君も、きっと無意識にそれを気にしているはずだ。だから――」
 そこまで言って、マスターはとうとう、完全に居なくなってしまった。

 今しがた起こったことは、そっくり受け入れるしかないのだ。そう自覚はしていたが、少年はしばらく、呆然と立ち尽くしていた。
 しかし、やがてふと、少年は空が既に朝の色を始めていることに気がついた。また同時に頭痛が鋭く襲ってきて、彼は逃げるように走り出す。
 最後に、マスターは笑っていたのだろうか。
 幾つもの考え事がある中で、少年の頭ではそれだけが、ぐるぐると廻り続けた。


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2011.12.07 Wed l 幽霊と少年(完結) l コメント (0) トラックバック (0) l top

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