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 数人の野次馬がやって来るところだった。目当ては、燃え上がる、珈琲屋だった。
 「だれか119番、連絡したの?」と眠そうな目の婦人が言う。
 「今してくる」と中年男性が言う。
 残る者は呆然と立ち尽くしている、炎は見る見るうちに大きくなっていく。
 少年は知らない人間に足がすくんだが、腹に力を入れてから、背中に声をかけた。
 「あの、女の子、見ませんでしたか?すみません!」
 しかし誰ひとりとして気づかない。
 「オンボロ空き家に放火かぁ」
 「危ないのって、一酸化炭素中毒だっけ?」
 「いやぁ、だけどこんな通気の良い家だったら、人がいれば、燃えるのが先だぁな」
 誰も、中に人がいるとは思っていないのだろう。炎に釘づけの目は、どれも爛々としていて、少年はおののく。
 もし少女がいたら、消防が来るまで、生きているだろうか?
 ……消防すら中に人がいないと思っていたとしても、彼女は、助かるのか?
 幽霊でもまぁいいか、などと考えていた自分を、少年は殴りたくなった。
 そして彼は、燃える家屋に足を踏み出す。裏手に回れば、勝手口の鍵が開いていた。扉を開くと、不意に炎がブワリと顔を出し、少年の頬を舐め上げる。

 その時。
 頭を殴られるような激しい衝撃と共に、あぶり出される記憶があった。
 少年はずっと前にも、ここに立ったことがあるのだ。小さな子供を抱えていた。彼の目線は、記憶の中の目線と完全に一致する。でもおかしい。ずいぶん昔のことなのに――。
 彼は後ずさりをした。熱かったからではない。少女の、言葉が頭をよぎったからだ。

 ――幽霊って、信じる?――

 そうか。
 そうだったんだ。

 ゆっくりと屋内に入ると、炎が行く手を阻んでいた。
 しかし、彼は構わずに進んでいく。
 燃え盛る炎の、あまりの冷たさに、少年は泣いていた。

 カウンター奥の休憩室に、少女は倒れていた。
 畳が敷かれている部屋だ。ちゃぶ台があり、そこには、下品な落書きに汚された何冊もの本と、ボロ布のような体操着、風邪薬の瓶とコップ、そして、一台の写真立てが、置かれていた。
 ずっと昔に撮った、スナップ写真。その中では、幼い少女と、少しだけ若いマスター、そして父親と、自分が、笑っている。
 「おい」
 少女のそばにしゃがみ呼びかける。彼女は薄らと目を開き、それからか細く微笑んだ。
 「……お兄ちゃん。来ちゃったんだ」
 彼女は、とても幸せそうな顔をしていた。その目に、少年の顔はどう映ったのだろう。
 「おい!」
 涙が止まらなかった。実体のない涙が、実体のない少年の心を押し潰そうとしていた。
 彼は少女を起こそうとした。だが彼女の躯体は石のように動かない。少年の腕にも力が入らない。それは涙のせいなのか、それとも自分が幽霊であるせいなのか、彼には分からない。
 電灯がガシャンと落ちてきて、少年は思わず、少女の身体に覆いかぶさる。
 「私、本当は知ってるんだ。お兄ちゃんの名前は……」
 少女は少年の指を触っているようだ。
 「ああ、俺もお前の名前、知ってるんだ。ちくしょう……」
 少年は、彼女を守るようにそっと抱きしめ、それから、固く目を閉じた。
 記憶が勢いよく炎上していくのを、彼は鮮やかに感じていた。

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2011.12.08 Thu l 幽霊と少年(完結) l コメント (0) トラックバック (0) l top

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