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※注意:お食事中にご覧ずるべからず

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クマゲラが鳴きながら飛び立ったケヤマハンノキの河畔林の中で、私を呼ぶ声がこだまする。
しかし、それに応える声はない。
私は込み上げてくる嘔吐を必死に抑えながら、只只、傍らにあるウドの大木がごとく立ち尽くしていたのである。
誰の指示をも咀嚼する余裕をもたいないまま、私は取り憑かれたように、その先にある、ボロボロに引き裂かれたシカの生首を凝視していた。
ヒグマの学術捕獲を目的とした箱罠の囮餌として、それは運ばれて行く途中であった。
三日前に有志によって有害駆除された個体の、太陽光によって温められた、どす黒い血の滴る、生首。



その解体現場にも私は立ち会い、自ら携わりもした。
中学生ひとり分ほどの大きさを有する、そのメス個体の腹部に、慎重に刃物が入る。
ブスッという湿った音に、立ちこめる腐敗臭。
そのまま、毛皮はびりびりという音を立てて開かれ、毛の中からわらわらとマダニが這い出してくる。
それから力づくでアバラが広げられ、骨の折れる音がし、地面にしみ込んでいく液体。
露出したのは、腹膜に包まれ、テラテラと光る腐りかけの臓器。
内肉に癒着した腹膜が引き剥がされ、シカの肉体は分離していく。
やがて首元まで引き剥がされると、最後は切断。
大量の血が、体内に溜まっていた。
そこからさらに、カは分解されていく。
骨の隙間に刃を入れて、特定の力を入れると、軽快な音がする。
不自然な方向へ曲がる、各部位。
最後の筋肉の筋を断たてば、上半身、下半身の左右、そして、頭部が、足元に転がっていた。

頚部切断の際に、私は補助として、ずっとシカの頭が振れぬよう、押さえていた。
刃を引くごとに、飛び出していく目玉と目があう。
気づけば全身に血と死臭が染みつき、ハエがたかっていた。



生きているとは、一体どういうことなのか。

私は耐えられなくなり、生首に括られたビニール紐を置いて、クリンソウの咲き乱れる叢で下呂を吐いた。
しかし戻って来て息をのむ。
あばかれたシカの腐れ肉、腐れ血に、群がる生き物があったためである。
ただし、私が見たものはハエではなかった。
黄、橙の網目模様が黒い翅に映えた、不気味に美しい、小さな蝶だった。
ひらひらと舞い遊びながら、一匹、二匹と、それは生首を求め、集まって来る。

ああ、
お前たちは、なぜ花の蜜を吸わないのか。

只只茫然と、私はそれを見ながら立ち尽くしている。
「おーい、大丈夫か?」
やがて先を歩く仲間の声は、漸く貧弱な私の脳を揺らした。
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2011.12.09 Fri l 1000文字小説 l コメント (0) トラックバック (0) l top

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