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短編(http://tanpen.jp/)第111回コンペの話である。
読まれる方は追記をご覧になられたい。

現在当サイトでは読者投票による予選選考が行われている。
今回のエントリーは全15作。
その中で、私が目に止めたのは#13の作品であった。
被災後の福島を舞台とした、リアリティーに溢れる物語である。

別に心惹かれるシンパシー的なサムシングを得たから、というのではないのだが、本作の作者はここ3作品ほど、ひたすら福島の被災にまつわる物語に挑んでいたため、タイトルを目にした時、私は「お、またか」、と興味を持ったのであった。
ただし、文学を純粋に比較する場合においては、アクチュアルな事象の介在は避けられなければならないと私は思っている。
そこでそのスタンスにしたがい、現実的な切迫感や事前にあった主観を排して本作を読んでみたのだが、表現や構成は整っているものの、展開の意外性や描写の特異性といった独自性より、むしろ主張が矢鱈と強く押し出されてしまっている、という印象が否めなかった。
それを踏まえた結果、スタンスに固執して目が力んでいたかな、と現在やや後悔気味でもあるのだが、今回私が推薦した三作品の中に、本作品は含まれていないのが実のところではある。

しかしである。
現実を切り取る作者の視線は、鋭いと思う。
本作は食傷気味な話題を敢えて直視するストイックな作者ならではの作品と言えるであろう。
あからさまではあるが、強烈なメッセージは私の心にびりびりと伝わってきた。
何より驚いたのは、そこにブレがないことである。
舞台裏における作者が迷いなくこれを書き上げたとは思えないが、結果として提示された意思のまっすぐさに、私は感銘せざるを得ない。

かたや本作を読み、私は格好悪いとも思った。
なぜならば、さっきからも言っているように物語の大半を直接的な訴えかけに費やしてしまっているからである。
作中で「私はたぶん狂っているのだろう」という独白が現れなければ、私はいよいよ馬鹿だと思っていたかもしれない。
だがそうではなかった。(あえて「同情の催促か?」という邪推はしない)
作者もきっと、戦っているのであろうと、私には思える。

またそれに関連して、特に私の目をひきつけた一節が、本作の後半にはある。
まず該当部分を以下に引用しよう。

 “二兎追うものは一兎も得ず”
  彼は私の膨らんだお腹に手を当てながら呪文を唱える。
 “底辺×高さ÷2”
  それ何の呪文なの?
 “三角形の面積”

次に、なぜ私がこれに注目したのかを説明したい。
最初の一文「二兎追うものは一兎も得ず」には、福島という地に根を下ろす人間の、切実な状況と想いが反映されているように思われる。
一方、その下にある三角形の面積を求める公式「底辺×高さ÷2」というのは、現状には全く関係のない言葉である。
あるいは何か重要な意図が込められているのかもしれないが、その場合はどうか我が脳の貧弱さを笑ってほしい。
少なくとも私が見る限りでは、それは一文目と響きが似ているからというだけで投じられた言葉であり、言葉そのものに重要な意味は感じられないのである。
しかしそれ自体に意味がないからこそ、この言葉は大きな「行間」としての役割を果たしているのではなかろうか、と私は思う。
話題がいったん宙に浮くことで、作品に含みが生まれる。そしてそこには、夫婦が噛みしめるささやかな幸せや、妻の夫への労い、子に願う幸せ、或いは、そんな彼らに対して我々は何を思うのか、ということに、想いを馳せる余裕ができるのである。
この役割は、話の展開のなかでも光る。上記の一説は結末を迎える一歩手前に出現しており、実際、良い息継ぎになっているといえよう。
というのは持論にすぎないが、まぁ詰まる話、本作の中ではこの一説が、もっとも格好良く、私の心には強く刻まれたわけである。

とにもかくにも、以上のことから私が言いたいのは、「私は本作の作者という人間を応援している」ということであり、投票には反映されずとも、陰ではふんぞり返りながらエールを送っているぞ、ということである。
うそである。

ただなんかこう、「『強くありたがる人間』は美しいな」とは思った。
これ本当。
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2011.12.12 Mon l 短編(サイト)関連 l コメント (0) トラックバック (0) l top

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