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 ただでさえ足音が痛いくらいに響くのだ。十人弱で押し掛けて、倉庫の中はお祭り騒ぎのような賑わいになった。ここは知っている。最初の殺人現場だったからだ。奇しくもここが奴の最後の舞台になるとは。
 「さぁ、もう逃げ場はないぞ。観念しろ!」
 私はどちらかといえば「勘弁しろ」と言いたかったが、先頭に立って拳銃を犯人に向け、仁王立ちで格好良く決めねばならない立場上、そんなことを言えるはずはない。しかしなんだか今の言葉も、反響の末耳に入って来ると滑稽に思えてくる。
 「待ってくれ。もう逃げないから、最後にささやかな願いを聞いてくれないか」
 ゆっくりと手を上にあげながら、奴は懇願の色を顔に浮かべて私に言った。
 「なんだ!?」
 「歌を!歌を歌わせてほしいのです。最後に、このホールで、レクイエムを歌わせていただきたい」
 奴はかつてオペラ歌手だった。どうしてこんなことになってしまったのか。
 その願いはエゴだった。しかし捜査員の中にも同情のため息を漏らすものがいる。どんな歌を歌おうと、もう奴に望みはない。
 「わかった。ここで聞いていてやる!」
 私は銃を構えたまま叫んだ。
 そして奴は歌い始めた。魂を込めたレクイエムの調べが我々を包み込む。
 ああ、私はこれまで、こんなに美しい歌声を聴いたことがあっただろうか。悲しさが満ち満ちている。痛みが押し寄せる。これは奴の痛みなのだろうか、それとも――。
 その時、私は目を見開いた。
 倉庫の窓からは、雨上がりの空から、淡い光の筋が無数に床へ降りてくる。そして驚くべきことに、純白の羽毛がその周りを舞っているのだ。それから間もなく、我々は全員息をのんだ。翼の生えた子供たちが、笑いながら下りてくるではないか。あれは、天使。
 レクイエムは続いている。それに耳を傾けるように、天使たちは微笑みながら奴のもとへと降りていく。奴の顔は悲哀に満ちている。その一方で、私は幸福が湛えられていることに気がついた。
 なんだ、これは。
 「……やめろ。やめろ!逃げるな!!」
 炸裂音が奴の歌声をさえぎり、倉庫の中に響く。
 もう天使も、羽毛も、光の筋もなくなっていた。そして、奴の息も。
 奴は血を噴き出しながらゆっくりと倒れていく。
 捜査員が一人一人、奴の下へと駆け寄っていく。
 耳には、余韻が残っていた。奴が奏でていたレクイエムの、壮絶な余韻。

 私は立ち尽くしていた。何が起こったのかを考えていたのだ。
 なぜ私の銃口から、硝煙が上がっているのか。
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2011.12.16 Fri l 1000文字小説 l コメント (0) トラックバック (0) l top

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