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 借金を踏み倒そうと思ったらヤクザに目をつけられた。それだけで説明が終わってしまう俺の末路。そんなのはゴメンだった。
 野良猫が脱兎のごとく逃げ出していく。その滑稽に目を向ける暇も無いほど俺は必死に逃げていた。空き缶を蹴飛ばし、水溜りを思い切り踏み越えた。しかし次の交差点に差し掛かるとき、先回りしたのであろう黒ずくめの男が銃を構えて現れる。
 もうだめかと思ったその時、頭上から降ってきたのはスカート。いや、スカートを翻しながら黒ずくめに明確な敵意のこもった蹴りをねじ込む茶髪の女だった。
 「逃げて!」
 俺は女の出所が電柱であるのを確認してからその横を通り過ぎ、角を曲がってひた走る。まもなく銃声とともに血の迸る音がする。俺の足は止まらない。
 追っ手の気配がなくなり、ようやく走るのをやめて物陰に隠れ粗く息をつくと、聞き覚えのある声が降ってきた。
 「あなた、大丈夫だった?」
 上を見ると女がいて、俺は戸惑う。その声は確かにさっき聞いたものだが、その女は黒髪だった。いや、でも服装はさっきの女と同じだ。
 「誰だ、あんた」
 「あら、さっき会ったじゃない」
 そう言うと、女はスカートをなびかせて飛び降りた。べっとりと血がついている。
 「おい、その血は」
 「平気よ。仮面が割れただけだから。私にはまだ、百二十七枚もあるの」
 女は不敵に笑うのだった。
 「ねぇ、あなた今日、泊まる場所がないでしょう。私のところに来ない?」
 俺に従わない理由は無い。
 それから女の塒に住みつく事になった俺は、毎晩その女と寝た。女は蒲団の中で会うたび違う顔になっていた。 「どんどん割れてくのか」と聞けば、「どんどん重ねてるの」という。
 「だから貴方のおかげでちょっとだけ、私の顔は軽くなったのよ」
 女は裸体の熱を俺に押し付けて悪戯に笑う。
 でも、俺は素直に笑い返すことができない。どんなに妖しくても艶かしくても、それは仮面に過ぎないのだ。ある日俺は女に問うた。
 「なぁ、お前の素顔は、どういうふうに笑うんだ?」
 「あなたにそれを、知る必要があるの?」
 仕事だって見つけてあげたし、毎日おいしい料理も食べさせてあげているわ。何か不満があるの?私の体じゃ満足できない?
 女の仮面は不安げに俺を見ていた。
 「寂しくないの?」
 百四十三枚も重ねた仮面の下にある彼女の素顔が、どんな表情を見せたのかは知る由もない。
 「貴方だって、それは同じじゃない」
 そう言われた俺だって、人のことは言えないのだが。


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※「素顔同盟」との相似に直接の因果は無い。
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2011.12.16 Fri l 1000文字小説 l コメント (0) トラックバック (0) l top

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