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 東京を見上げて、これじゃぁ空に落ちることもないなと、俺は一人笑うのだった。

 公園でいつも走りまわっていた少年時代。走り疲れると、俺たちはいつも人為的に造られた小山のてっぺんに寝そべって空を見上げた。隣にはいつだって、あいつがいた。
「なぁ、重力ってすごいよな」
 奴はいつだったか、俺にそう言ったことがある。
「なんで?」
 風が吹くと、一面のチモシーが揺れる。
「だってさ、重力がなかったら、俺たちは空に落ちちゃうんだぜ?」
 たったその一言で、俺は思い知らされた。突然体が浮きあがり、加速しながら上昇を始める感覚。しかし目指す先には何もない。目の前にある空は、海よりも大きく、深く、近く、救いようのない穴だったのだ。
 そう思った瞬間、俺は自分を縛りつけている地面から動くことができなくなり、涙声であいつに訴えた。
「俺、空こわい」
 それを聞いて、しかし奴は呆れた声を出す。
「ばか、もっと夢を持てよ」
 俺は奴の言っている意味が分からずに、チモシーを掻きわけて奴の顔をのぞいた。奴はこちらを見ると、不敵に笑いながら地面を叩いた。
「重力があるから、人は地球から離れることができなくて、だから宇宙に夢を描くんだ。詐欺みたいだけど」
 奴の頭は良かった。当時の俺には理解できないようなことを、さらりと言ってのけるほど。
「だからって、なんなんだよう」
 少しいらいらし始めた俺に、奴はいたずらを企むような顔を向ける。
「だから俺さ、宇宙に行きたい」
 奴は確かに、そう言っていた。

 あれから年月が経つと、あいつは有名大学を出て、東京にある一部上場の大企業に就職した。社会はまさに、奴のような有望な人材を求めていた、ということなのだろう。でもあいつは、俺に電話をかけてきては、よく「こっちは空が狭い」と嘆いていた。
「お前は恵まれているんだから、文句を言うな」
 そうやって苦笑する俺は、奴のことを何もわかっていなかった。不況が厳しくなると、奴は肉体的に追い詰められていったらしい。
 そしてぱったり連絡がなくなったかと思えば、過労死だって。
 本当、詐欺みたいだよな。
 空には幾つものビルが突き刺さっている。あのどこかで、奴は社会に殺されたんだろう。縛り付けられたまま、身動きもとれずに。
 どうか、あの世は空の向こうであってほしい。俺は心からそう思った。
 しゃがみこむと、コンクリートの隙間から顔をのぞかせるチモシーを見つけた。涙は、あとからあとから溢れだして止まらない。
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2011.12.18 Sun l 1000文字小説 l コメント (0) トラックバック (0) l top

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