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 その家は沈んでいた。
 落ちているのではない、暗いのでもない。
 その歪みに耐えながら家は、決定的な陥没を、むしろ希望するように待っている、というわけでもない。
 物理的に沈んでいた。
 たぶん、斜面に立てられていたから、土台が傾いているのだろう。
 しかしそんなところにも、人は住んでいる。
 その二階の窓から全裸で隣家を睨みつける少年が一人。
 「いかにして邪念を払うか」
 高校受験を二ヵ月後に控えた彼は、瞳孔が開いているようにも見える青白い顔でそう呟く。
 目線の先の家は、彼の親友の自宅だった。
 そちらは新築だから、沈んではいない。
 白い壁は真冬の曇天の下でも輝きを放ち、赤い屋根は初恋を思わせる。
 初恋を思わせる。
 少年は考える。
 あの景観を、俺の全裸で壊してやりたい。
 そうすれば、服を脱ぎ捨てるほどに凶暴な俺の煩悩は、きっと拭われる。
 少年は窓に手を伸ばす。
 指先に力を入れる。
 そして腕の筋繊維を収縮させようとした時、声がしたので全身がこわばった。
 そのまま耳を澄ませる。
 外を歩く若い男女の声がする。
 少年は、声の主たちを知っていた。
 むしろ、忘れたいくらいだった。
 一昨日、彼は見てしまったのだ。
 親友のあいつと、初恋のあの子が、おそろいのマフラーをして、肩を並べて、こそばゆいくらい白い吐息を吐きながら、笑顔なんかを見せ合って、手を、手を繋いで、繋い――。
 少年は叫んだ。
 「ウホーーー!」
 外に聞こえたかどうか?
 そんなことは少年に関係がない。
 なぜなら次の瞬間、少年の世界はひっくり返っていたからだ。

 全裸で飛び出した俺は、零下の風を切って屋根の上を走る。
 するとそれに気付いたあの子は悲鳴を上げる。
 ああ、なんて気持ちがいいんだ。
 俺はブロック塀を中継し、地面へ華麗に着地する。
 二人の前で不思議な踊りを踊ると、親友は怒り狂う。
 しかし不思議な踊りには勝てない。
 あいつはやがてアホな顔になり、自らも服を脱いで全裸になる。
 ついでにあの子も全裸になる。
 俺たちは一緒に踊る。
 そのうちどさくさにまぎれて、俺はあの子の手を引き走り出す。
 あいつは一人踊り狂ったまま。
 かくして、俺はあのこと全裸で二人きりになる。
 ああ、なんて気持ちがいいんだ。

 気付けば少年は、逆立ちをしたまま自室の中を三周していた。
 自己新記録だった。
 バタリと万年床に倒れこむ少年。
 血が脳天に溜まって、まともな思考なんてできやしない。
 ああ、なんて気持ちがいいんだ。
 もう外から声は聞こえてこない。
 少年は泣いた。


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※こんな中学生、たぶんいると思うんだぜ。
ちなみに冒頭は「甘露」(水原涼)からの借用。
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2012.01.11 Wed l 1000文字小説 l コメント (0) トラックバック (0) l top

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