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 流れ去っていく景色の中を電線は脈動する。できれば泣きたかったが、泣くには大人になりすぎていたから、仕方なく、佳代は敢えて少し気どったように、肘を窓際につき、外の様子を眺めながら、列車の中との温度差を想った。
 この箱がこれから自らに見せるであろう街のことを、佳代はまだ、あまりよく知らなかった。それが不穏で、彼女は今も無意識のうちに、向かってくるものに背を向けて座っている。

 と、線路の規則的な音に耳を傾けているうちに、動悸が奪われ、眠気が与えられたのであろう。老婆に話しかけられて、佳代は自分がいつのまにかまどろんでいたことを知った。背中を曲げ白髪を拵えたありふれた老婆であったが、こげ茶色のジャケットを着ていて、古風とは言い難い。
 「おとなり、いいかしら」と言われ、佳代は突然のことに動揺し、それを隠すために「どうぞ」と即答した。しかし次にちょっとあやしくなり周りを見ると、車内は依然閑散としている。無論向かい合わせになっている目の前の席にも人は座っていない。なぜ自分の隣に座って来たのか、佳代には分からなかった。
 目の前の席の上、空いているからと高を括って放ってある自分の荷物が目に入り、佳代はとりあえずそれを膝の上に移そうとする。だが老婆は佳代の意図を悟ったらしく、それを制して微笑みながら言った。
「私はね、単純に過去を見送るのが好きなのよ」
 佳代は眉をひそめた。その言葉はそもそも不可解であったが、それ以上に、彼女は自分の不安を見透かされているような直感を覚えたのであった。揶揄されているわけではないのであろうが、少し居心地が悪くなる。
 しかし佳代の様子に構わず、老婆は続けて言う。
「心配ないわ。私はあなたに、おまじないをかけに来たの」
 そして佳代は、老婆に頭を擁かれた。
 驚いた。だが、伝わってきた老婆の温もりと、香水の香りが柔らかく、それが拒絶の衝動をなだめこむ。
「夢だと思えばいいわ。でも、あなたはきっと大丈夫よ」
 そのまま、老婆はいつまでも優しく佳代を包み込んでいた。

 目が覚めると、ちょうど列車が経由駅から再び動き始めた時分であった。周りを見渡せば老婆は既におらず、車内は混み始めている。彼女は慌てて目の前に放ったままの荷物を取ろうとし、しかし、少し考え直して、腰を上げる。
 外では、たくさんのシャボン玉のキラキラとした光が飛んでいた。
 やってきたその眩しさに、佳代は目を細めた。


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※短編第114期投稿作品
※佳代は進行方向に向かって座りなおし、やってくる未来を受け入れるようになります。
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2012.08.01 Wed l 1000文字小説 l コメント (0) トラックバック (0) l top

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