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 墓場の縁には唐松が植えられている。黒い枝枝が高く、遠景の山々を隠している。何年そこに生えているのかは分からないが、何度訪れても、僕は「彼ら」をあまり好きになれない。ここは彼らの「故郷ではない」どころか、「彼らの存在しないこと」が本来あたりまえなのだ。けれど、未だ融け残る雪のためだろう、景色にはよく馴染んでいる。
 息の根を押しとどめていた季節が終わる。来る途中、路肩に露出した地面で福寿草が咲いていた。黄色い花弁の器に降り積もるなごり雪を、僕は払わなかった。冷たそうではあったが、雪の降る場所に、特別な場所などはないから、代わりに僕は、活性を奪っていくその冷たさを愛でた。僕はまだ、確かに冬を望んでいる。
 父の墓は、普通の墓石と違って横長の形をしている。両端に薔薇の彫刻があって、近代的で、初めて見た時は、少し恥ずかしかった。十年経った今はもう、父以外の何ものでもなくなってしまって、あの唐松のように、まだ好きにはなれずにいるが、やはり同時に、僕の意識には馴染んでしまっている。
 雪に埋もれているが、祖父が頑張ったのか、墓に至るまでの道は、きちんと踏み固められていた。僕は駅前で買ったカップ酒を供え、一人で「父」と向き合いしゃがんでいた。法事とか、供養とか、そういう形式に従いに来たわけではない。実家から大学の街に戻る途中、その真ん中あたりで特急を途中下車して、ふらりとここにやって来たのだ。雪が降っていたから、そんな形式とは関係なく、不意に「父」に会えるような気がした。そう「誤魔化せる」と思った、といってもいい。
 手を合わせたあと、カップ酒を手にとって一口含む。アルコールの香りが、酒の温度と一緒に意識の中に流れ込む。飲み込んで息をつくと、あの黒い枝枝が目に入った。僕はしばらくそれを眺めた後、不作法な事を思いついてにやりとする。
 立ち上がり、周囲に誰もいないことを確かめ、僕は瓶を傾けた。艶やかな液体が墓石を濡らす。雪を融かし、彫刻の上を撫でていく。そうして僕は初めて、父と酒を一緒に飲んでいた。酔狂だ。しかし不作法は、むしろ僕と父の「秘密」を僕の中で正当化していた。
 まんべんなく「父」に酒を飲ませてから、僕は残りを一気に飲み干す。それから墓石の前で胡坐をかき、目を瞑る。雪は僕らを覆っていく。

 遠景の山々でクマゲラが春を呼ぶ。長い時間が在ったようだ。僕は目を開け、冷たくなった尻を上げる。


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※短編第118期投稿作品
※鉤括弧つかいすぎた。
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2012.08.01 Wed l 1000文字小説 l コメント (0) トラックバック (0) l top

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