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 小石を蹴ったら、撥ねた先で蛙が鳴いた。その時の声が、スンとした夜闇のくせに湿っぽく響きやがって、俺は思わず隣を歩くチィ子の方を向いたんだ。狭い畦道だから、さっきから肩とか髪がちらちらぶつかってどうしようもなくて、うっかりチィ子を田んぼに突き落としちまうんじゃないかなんて事を考えながら、実際には拳を握るくらいしかできない不甲斐なさに何度か舌打ちをしていたところだった。
 風が涼しい。
「来年はどこいくの?」
 チィ子が言った。俺の方に顔が動いたかと思ったら、中途半端な向きで止まって、そのまま空を見上げて、のろのろ歩き続けている。星がそんなに好きなのか、楽しそうに目を淡く光らせて。
 また風が吹いた。チィ子の吐息が溶けていった。すると俺ははっとした。奴の姿も色も風の中に、綺麗に溶け合っていたのだった。
 そして俺は、そっと拳を解いてしまう。全部収まったようで、全部手放してしまう感覚だった。幼かった頃の俺なら、泣きだしていたかもしれない。
「遠くだな。だいぶ遠く」
 ずっと広がる稲野原。チィ子はくっくと笑いやがって、
「なんだっけ空飛ぶ豚の映画のさ、飛行機でライトパシャパシャして交信するやつ」
 思惑は不明。でもまぁ星空を見ながら考えてみる。
「モールス信号?」
 適当に言ったけど、あれはどうやら当たっていた。
「あれやってみない?ねぇ、ほらあっち行って」
 唐突にチィ子は俺を遠ざける。あいつも向こうに行ってしまって影も形も分からなくなる。蛙の鳴き声って、こんなにせわしないもんだったのか、と思う。
 フラリと向こうで小さな光が揺れた。なるほど、携帯電話の液晶画面を光らせて、チィ子が掲げているわけだ。俺に向けられた信号はぱかぱか出鱈目に光って消えて、まったく意味が分からないんだけど、俺は泣きそうになりながら慌ててポケットを探った。
 送り合う合図は届く。かといって、おかしい話だけど、通じ合うわけじゃない。でもこういうことだけは飽きないんだチィ子のやつ。それで、好き勝手に飛び跳ねてみたり、踊ってみたりして、時々ケタケタ笑ったりして遊んで、最後はずっと手を振っていた。二つの光が田んぼの端と端で同じように揺れて、夜の中に消えるんだ。そうやって閉じ込めた光だったんだ。星、蛙の声、風、田んぼの匂い、チィ子。ちぃこ。
 そのせいか、逃げていってほしくないからなのだろうか、夜に携帯電話を開くのは今でもよく躊躇うんだ。

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※通常なら書き捨てるタイプの作品ですが、このまま短編第119期に投稿しました。かなり印象的な面において素直に書いたため、人に評価してもらうのはどーかなーって思ってしまう一方、完成当初の満足感と、人に読んでもらいたい感じが結構大きかったので。
※「奴の姿も色も風の中に、綺麗に溶け合って」というのは視覚的隠喩であり、チィ子が溶けてなくなってしまったのではなく、夜風もチィ子の一部となっているような気がしたってのを表現したかったわけです。夜ならではの錯覚だと思うのです。しかし言葉足らずかな、、
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2012.08.01 Wed l 1000文字小説 l コメント (0) トラックバック (0) l top

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