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 秘密基地の花を取り換えた。夏澄ちゃんはどちらかといえば「大和撫子」という感じだから、今までは和風のものばかりを持ってきていたが、今回はちょっと趣向を変えて、子供が絵に描くような可愛らしい見た目の仏花にしてみた。喜んでくれるだろうか。色は黄色が多い。彼女に似合う、というよりは僕の好みである。江本はやはり全然来ていないようだった。俺の好き勝手はあいつの監視がなければエスカレートしそうな気がする。次回は少し自制しよう。

 昨晩嵐が来て、秘密基地は大変なことになっていた。ビニールシートの屋根が飛んだせいで花瓶は倒れているし、本たちはびしょ濡れだし、おまけに落ち葉だらけで不法投棄現場のようだった。確かにもう現役ではないが、しかしゴミではないのだ、と少し悲しくなる。掃除をしていると江本が来た。いつ振りかと聞いたら、慰霊碑を置いたとき以来だという。自分の恋人だった人の慰霊碑をこんなに放棄するやつがあるだろうか。夏澄ちゃんはどう思っているだろう。信じられない。しかも江本は線香ひとつ立てなかった。いったい何様のつもりだろう。何をしに来たのか、俺には不可解でならない。

 菅野さんと久しぶりに夏澄ちゃんの話をした。江本と別れてストックホルムに行った後、彼女はしょっちゅう菅野とスカイプをしていたらしい。江本の事を気にしていたのだそうだ。やはり、夏澄ちゃんはずっと江本のことを想っていたのだ。ストックホルムの墓に眠る彼女はきっと寂しい思いをしているだろう。もどかしい。

 大切な人が死んだというのに、臨終前にあまり会っていなかったからといって、お参りにも行かないというのは薄情すぎやしないだろうか。大切に思っていればお参りくらいするべきだろう。慰霊碑はストックホルムへ逃げたりしないのだ。江本は馬鹿だ。いつまで意地を張っているのか。

 江本を殴ってしまった。「死んだ事を良い都合にして今更懇意を示すのは好きにしろ」とか。殴った場所が秘密基地でなかったのが幸いだった。久々にあいつの泣きそうな面を見た。「手遅れになってからじゃないとできないことは、俺にはもうないんだ」って江本は言った。あいつは卑しい奴だ。本当に。それにしても、手の甲の嫌な感じが取れない。今日はもう何も考えたくない。

 予定だった慰霊碑参りに行かなかった。なんだろう。昨日の江本の言葉が効いている。なぜか今朝、泣きながら起きた。外は初雪が降っていた。
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2012.10.21 Sun l 1000文字小説 l コメント (0) トラックバック (0) l top

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