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 脂っこいラーメン屋の夜は人の気も増してさらに暑苦しい。そんな空気にめげず、眼前の宇津木は爪楊枝を積み始めた。いや、これはめげているのだろう。さっきからずいぶんと口数が少ない。久々に会ったのに、冷たい男だ。こんな男の恋人は、きっとひどい思いをしているに違いない。いや、でも宇津木は、恋人にひどい思いをさせられて参っているのかもしれない。私にはわからない。彼の手は器用に爪楊枝を積んでいく。キャンプファイヤーの櫓みたいなものだ。
「なんかあったのー」
 抑揚をつけず聞いてみた。しかし宇津木は笑いながら「疲れてんだわ」としか答えなかった。会社帰りの髪の毛は、セットが崩れてだらしない。ワイシャツはよれている。きっと襟元は汚いだろう。自分で洗濯しているのだろうか。汗まみれだ。無理に笑っているのは一目瞭然で、それこそ洗ってないワイシャツを無理やり伸ばしたような、寂しさ。
 爪楊枝を見下ろしながら、私はスーツを脱ぐ。彼の建設作業を手伝えるほど私の指先は器用ではない。どちらかというと私は自分のラーメンを平らげるほうが重要な使命なのだが、お腹がきついからたぶんあとで宇津木に食べてもらうことになる。でもなんか申し出をし辛い。爪楊枝の櫓は七段目で崩れた。彼はまた一からやり直す。私のシャツ姿には目もくれない。親指と人差し指が爪楊枝の両端を挟み込む。その先端が指ゆ食い込んで、その痛覚を私は想像する。
「逃げ込んじゃいけない気がするんだよな。昔っからの居場所があるからって」
 割り箸を掴むとそう言って、宇津木は歪な櫓(二代目)の周りにぐるりと円を描く。相変わらずむつかしい顔。それでも彼は「早く食べろ」なんて言わない。私はラー油を取り出して、彼が食べることになるだろうラーメンの器に、たくさん入れてやった。「食えるのかよ」と吹き出す宇津木はいったい何を考えているのか。私はほくそ笑みながら、持っているラー油を今度は櫓の中に垂らす。 敢えて櫓の中。テ-ブルの木目も、そこだけ微妙な意味を持つ。
「なにやってんの」
「なにやってんだろね」
 爪楊枝の櫓にラー油が触れることはないのだ。それでもラー油は櫓の中にあるのだ。ふと店主と目があう。うさん臭そうな顔で何かを醸している。催促?知らない。あなたに私を見る権利はないのだ。そう思わせてくれるほどの仲だったはずだ。宇津木がいれば他には何も見ずに済むはずだった。あーあ、過去は遠い。
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2012.10.21 Sun l 1000文字小説 l コメント (0) トラックバック (0) l top

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