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 彼はサッカーボールを見つけるのが得意であった。うち捨てられたサッカーボールというものは、まあたまに風景に紛れているものだが、そういつもいつも見つかるものでは普通ないであろう。しかし彼はそれをよくよく見つけ出すのである。彼がサッカーボールをひきつけるのか、あるいはサッカーボールが彼を呼ぶのかは定かでないが、叢の中から、裏路地の電柱の裏から、幼稚園脇の排水路から、そのつもりがなくとも見つけ出してしまうのであった。その「才能」は物心が付いた自分から既に健在であったという。当初は父が見ていたサッカーの試合の影響で一人でボールに飛びついていたものだが、じきに球体の存在を持て余すようになった。一時は目に入るその球体に呪われているかもしれない、という疑念に恐怖し、家に閉じこもる事さえあった。親は彼の懸念を理解するはずもなかった。「運動音痴だからといってボールを怖がる事はない」と的外れな事を言っては、彼を絶望的な気分にさせた。
 もともと人見知りであった彼は、クラスの中に相談相手を持たなかった。奇怪な球体を見つけるたび、その実彼は誰かに悩みを打ち明けたくなって仕方なくなるのだが、両親のように軽くあしらわれる事を恐れてむしろ輪から距離を置いてしまうのが常となっていた。そうしたまま小学校高学年に上がり、そこで出会ったHという少年に彼は漸く心の内を吐露するに至るのであった。それというのも、Hは神社の子であり、彼はそんなHであれば、己とサッカーボルとの関係が呪いによるものなのか否かを見極められるかもしれない、と思ったのである。もっともこれは建前で、建前を口実にして、他人へ打ち明ける機械を手にしたのだとも言える。
「なら今度みんなでサッカーボールを退治しよう」
 Hのその一言を境に、彼はHを始め幾人ものクラスメイトに囲まれて外を歩くようになった。そうするうちにボールを見つけて、彼らはその都度サッカーをして遊ぶのであった。遊び疲れたらボールは学校に、児童館に、あるいは小さい子供の群れに預けられた。
 草原の漣が薫る初夏、ふと気づけば彼はボールを見つけ出す能力を失っていた。その減衰にそれまで気づかなかったのは、一重に友人に囲まれて、毎日笑ったり怒ったりで忙しいためであった。サッカー以外にも色々な遊びを見つけていた。何をして遊ぶにも傍にはHがいた。彼ははじめてできた友達を、今も「神」と呼んで崇めている。
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2012.10.22 Mon l 1000文字小説 l コメント (0) トラックバック (0) l top

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