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 毛羽立つソファに座っている父が、「お、ぞろめが出た」と嬉しそうに言うのが聞こえた。威厳のない弾んだ声だ。その後ろに立つ私は父の禿げかけた頭を見下ろし、視線を滑らせてその先にあるテレビを見る。寝起きにつけたニュースの、画面左上に表示された時刻がちょうど5時55分だったのだ。生暖かい、べとべととした嫌な感じに、私は顔をしかめた。あるいは夜にパチンコの夢でも見ていたのかもしれない。
 父にパチンコを勧めたのは私だった。定年退職を境に急速に老け始めた父、その原因を考えたら、無趣味であることに思い至ったのだ。私の一言はとても気楽なものだった。父は頑固なところがあったから、半分は冗談のつもりだった。それだけに、父が貯蓄を浪費し始めると私は家族の誰よりも狼狽した。こっけいな話だ。確かに顔に活気は少し戻ったが、耳が遠くなるのは加速しているらしく、今自分が放ったげっぷがいかに汚らしいものであるかを、父は考える様子もなかった。「朝ごはん、できたよ」と言うと、彼はいやしい顔で私のほうを振り向き、笑いかける。その目もどこか上の空だった。少なくとも私にはそう思えて仕方がない。そして彼にみられるそれら異常のすべてが、私によって引き起こされたのではないか、という焦燥が追ってじわり、と私にもたれかかってくる。
 私は生まれた時から親に育てられてきた。親から計り知れない影響を受けてきた。その私が、父に影響を与えるというのは耐えがたい事実だった。パチンコに依存するのは私のほうが先だったのだ。治療を受け、快方、あるいはそれに近しい何かへと向かっているさ中に、父は私が歩んできた泥の道を揚々と歩き始めている。私が歩かせたのだというジジツが、輪の閉鎖された陰湿な運命の首輪となって私を締め付けてくるのだった。
 窓の外、複雑な風景に、私は灰色の印象しか見いだせない。出かけていく、幼児のように単純な背中の父を、私は追いかけて引き止めることができない。私は父と対立できる人間ではないのかもしれない。また彼の姿は、いつかどこか未来の私の姿かもしれなかった。扉が閉じられ、明かりをつけない玄関は私を包み込んでいる。
 母が洗濯機を回す。弟がひげをそる。私は何者なのだろうか。不安になって足踏みをする。動機で胸が苦しくなる。パチンコがしたい。扉が怪獣のように私を脅かしている。誰が誰の責任を負っているのか結論がぐるぐると彷徨っている。
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2012.10.25 Thu l 1000文字小説 l コメント (0) トラックバック (0) l top

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