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 ホームレスの女に会った。彼女は二十歳だといった。僕が彼女について知っているのはそれだけだ。桜がたくさん植えられている小さな公園の隅に、段ボールハウスを構え、
「ここは穴場だったんです。誰の縄張りでもなくて」
 と笑っていた。
「あなただって、明日は我が身かもしれません」
 女は痩せてはいなかった。長い間ホームレスをしていたわけではないのだ、と彼女は言った。僕は段ボールハウスの前で彼女と体育座りをしながら、からからに乾いた空を眺める。時間が過ぎるのは遅かった。僕は何度も女のもとを訪れては空を見た。彼女の周りにはいつも不特定の猫がいた。
「ときどき、猫と一緒に寝るんです」
 女は三毛猫をなでながら言う。しかしそれを見ている黒猫が嫉妬して睨んでいて、彼女はそれにも優しく声をかけていた。彼女の口からは白い息が出てきた。僕のと同じ息だ。そしてすぐに消える息だった。
 僕が食べ物をあげると、女は少し困ったような顔をしてから、「ありがとう」と言って受け取った。彼女はどうみてもホームレスには見えなかった。
 ある日、公園に行くと段ボールハウスの前で女は石のように突っ立っていた。その前には警官が腕組みをしていた。僕は小走りで近寄って、警官に軽く会釈をした。
「家出していたんです。ご迷惑おかけしました」
 女は誰のものかわからない古着を何枚も重ねて羽織っていた。僕は彼女を自分の家に連れて帰ると、そのジャンバーやらパーカーやらを全部脱がせて、シャワーを浴びせて、新しく買った服を着せた。女は照れくさそうに笑った。
 その夜、僕たちは河原に行ってたき火をした。落ち葉と枯れ枝と、女が着ていた服をぜんぶ燃やした。その火で魚と芋を焼き、赤く照らされる女に渡すと、女は小さな口で少しずつ食べ、「おいしいです」と言った。
 君には人生があるのだろうか。生き方や、夢があるのだろうか。
「あなたには、私が誰に見えますか」
 澄んだ目をした女に、ホームレスには見えないよ、と、僕は答えた。
 次の日、女を寝かしつけた布団は抜け殻になっていた。僕が与えた服ごと消えていた。布団は冷たい。その上に座って、僕は古い写真の整理をした。思えばずっと捨てるつもりだったのだ。すべてビニール袋に入れると、僕は外に出た。
 桜の木がある小さな公園に、段ボールハウスなどなかった。猫たちがあくびをしている。その中に座って空を眺めるのが、いつのまにか僕の日課だった。

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※サルトルおもしろそーだよなー
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2012.11.09 Fri l 1000文字小説 l コメント (0) トラックバック (0) l top

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