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 護岸された、小さな川だった。架かっている橋に、男は週に一度訪れて、ずっと恋人を待っていた。相手が恋人である自覚を持っているのか、男には確信が持てなかったが、それでも彼女のためにいつも橋で時間を潰している。夕暮れの日が流れの中で輝いて、男はその水面にガンジス川を想った。次の瞬間には川の小ささに一人で笑う。それでも日が暮れるまで、男はガンジスを想い続けた。

 ブロックの隙間から飛び出たスゲの先にトンボがとまった。翅が下がる。そこに少年は虫取り網を振る。だがトンボは準備万全とみえて、悠々と飛び避けてしまう。同時にそこいら中のトンボが舞い上がって、少年はトンボの洪水に呑まれたまま、癇癪に突かれて大声を出す。虫取り籠を貸してもらったのに、その中にはまだ何も入っていなかった。このままでは格好がついたものではない。少年は乱暴に虫取り網を振り回す。そして足をもつらせ川に落ちる。川は笑うようにせせらぐばかりだ。

 川沿いの雪道を、初老の女がゆっくりと歩いてきた。長い間体を病んで床に伏していたためか、歩みはどうにもおぼつかない。しかし過剰ともいえる防寒装備の見た目もあってか、滑稽なほど安定感がある。長靴をはいた女は雪を掻いて川原の斜面に踏み入ると、そっとしゃがんで凍った川を眺めた。彼女はあの氷の下に魚がいるかどうかで、ツレと喧嘩をした日のことを思い出す。足元の雪をすくって雪玉を作る。もう一つ。凍てつく手にも構わずに、女はツレの面影を瞳の奥で探している。

 橋の上で、男は今日もガンジスと呼んだ川を眺めている。欄干に置いた手は皺だらけだった。老人にもう土手に降りていく元気などはなかった。彼は隣の手を握る。それも彼と一緒に皺だらけになった手だった。川は、彼らが愛し合っていることを知っていた。ガンジスの夢に包まれて、永遠に愛し合っていた。

 茂ったスゲがざわざわと揺れる橋の下に、二人の子供が逃げ込んだ。暗くて互いの顔もわからないが、二人とも同じように息を切らしていて、そのうちにおかしくなりクスクスと笑いあった。どちらも家出をしたらしかった。小さな少年と少女は、何か悪いことをやらかして、逃げ惑っていたのだろう。笑いがやむと、急に心細くなって、少女は少年の手を握る。
「約束だよ」
 少女に答えるように、少年はそっと手を握り返した。川は何も言わず流れるばかりだ。星をうつすその水面は、いつまでも流れ続けている。

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※川の水は下へ下へしか行かないけど、何度も繰り返し循環するものでもある。周りにあるものにいつだって影響を与え続ける。
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2012.11.09 Fri l 1000文字小説 l コメント (0) トラックバック (0) l top

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