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 「大丈夫、怒らないから」と言われると、僕はいつも苛々した。確かに口をつぐむのは、怒られるのが怖いからだ。僕が口を割るのと割らないのとでは、その先の運命が大きく分かれてしまう気がする。もちろんたいていは大した差も生まれなかったろうな、と思いながら、じんじんするたんこぶを押さえなくてはならない結果を見るのだが。しかし強いて言えば、それは誰もいない崖から突き出た枝にぶら下がって、「今手を放すのと離さないのとでは、この先の人生が大きく違っていそうだ」と思うのと同じなんだろうと思う。つまり僕は、死から逃れるために口をつぐむのではない。死の恐怖から逃れるために口をつぐむのだ。
 だから僕は「わかってないくせに」と唇をわっかにして、そこに涎の幕を張りながら思う。怒られたくないのではない。怒られることに対する、恐怖を感じたくないだけなのだ。悪気はある。怒られてしかるべきだという自覚もある。あとは恐怖だけなのだ。なのに、そんな、大きな怪物への戦いに覚悟を決めて立ち向かおうとしている僕に、母さんは「そんな怪物いませんよ~」などと言う。しかもあからさまに嘘だ。これはどう考えても、僕を怪物に立ち向かえない、弱い人間だ、と見下している態度だ。勇気への冒涜だ。そうして僕のプライドを傷つけていることに、母さんは一向に気づかない。
 僕は怒られる覚悟をくじかれ、告白する気をくじかれ、余計かたくなになってぱくぱく口の上のシャボン玉で遊ぶ。母さんは僕の薄暗い、しかしふざけたことをやる顔にほとほと困ることだろう。しかし僕も困るのだ。そんな安っぽい嘘で釣られてしまうほど、僕は安っぽい男じゃない。そんな教育方針では、僕が安っぽくて使い物にならない人間になってしまうのだ、とどうにかして母さんに伝えたい。でもそんなことを言えば、その場の話題において見当違いの発言だし生意気だしで僕が死ぬのは目に見えていた。
 ピエェエエ、と、台所のほうから切羽詰まった馬鹿みたいな薬缶の悲鳴が聞こえ始める。この対峙。この対峙……!もう十分気まずさは味わったというのに、動けない絶望感。涎のにおい。
「ごめんなさい」
「何がごめんなさいなの?!」
 最後の手に出た僕は、即座に母さんのカウンターを食らう。わかったけどとりあえず薬缶の火、止めようよ。もし火事になったら僕のせいみたいだろう?
「ごめんなさい」
「ごめんじゃないの!」
 ああ、僕は涙ぐむ。

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※自意識とプライドが高い少年ってやつです。あふれる小説もどき……!
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2012.11.11 Sun l 1000文字小説 l コメント (0) トラックバック (0) l top

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