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 この頃は朝晩がずいぶん涼しくなりました。北の街ではこのあいだ雪が降ったそうです。わたしは今朝のシャワーを一度上げました。浴室の窓を開けると、露に乗って枯れた草葉の匂いが立ちます。窓から見える紅葉が綺麗で、あなたの赤いシャツを懐かしく思います。お元気でしょうか。
 わたしは今日も濡れずに夜を越えることができました。あなたが直してくれたわたしの屋根に、わたしは守られているのです。
 あの嵐の夜のことは、今でも思い出すと凍えてしまうほど怖くなります。わたしの屋根は乱暴に引き剥がされ、大切にしていたものすべてが怪物たちに暴かれてしまいました。逃げ場もなく、風に殴られ、わたしは椅子や本や小物たちと一緒に濡れながら震えるしかありませんでした。
 あなたがやって来たのは、そんなときでした。怪物たちを押しのけ、一心不乱に板を打ち込んでいくあなたの姿を、わたしはじっと見上げていました。
 赤い屋根は、今ではわたしのいちばんの自慢です。立派な屋根だね、と町の人から言われるたびに、わたしは誇らしい気持ちになるのです。だから、あなたがまた訪ねて来てくれたら良いと、いつも思っています。あなたはわたしの作ったキッシュを、美味しそうに食べていましたね。あれからまた少し、腕が上がったんです。ねえ、あなたは今、どこにいますか。
 あなたがいたことを知っている人は、わたしのほかにはもう誰もいません。確かなものは、わたしの屋根だけです。仕方のないことですが、わたしももうすぐここからいなくなるでしょう。来年かもしれませんが、この後すぐかもしれません。けれどきっといなくなるでしょう。そのときはわたしの屋根をひとかけら持って行くつもりです。新しい屋根の下で、新しい宝物と一緒に、わたしは新しい時を刻みます。
 そしていつか、宝物すら置いていく日が来るでしょう。それはわたしがあなたを忘れる日です。でもあなたはいなくなりません。あなたがいるから、新しいわたしもいるのです。
 だからわたしは、なるべく悲しまないように、今日から冬支度を始めることにしました。紅葉がすべて散る前に、食物を整理し、冬服を出し、ストーブの埃を払うのです。それから屋根には、雪止めをつけないと。
 昼間はまだ日が当たって暖かさを感じます。わたしは今が大好きです。けれど季節の変わり目ですから、風邪には気をつけてください。紅葉がひとひら落ちました。どうかお元気で。
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2018.10.20 Sat l 1000文字小説 l コメント (0) トラックバック (0) l top

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