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 亀岡係長と西課長の左遷が決定した。これにより、二年続いた社内紛争は今後終息へ向かうことが予想される。私も部下として彼らの片棒を担いでいたため、近日中に肩を叩かれる可能性は高い。まるで他人事ですね、と矢作は呆れていた。無論、技能・管理力ともに不十分、かつ人事有権者に味方を持たない私に楽観的な要素はない。したがって、先行きに対する期待値は極めて低い。
 帰りに吉村に会った。全くの偶然である。共に学生時代を山に捧げた仲でありながら、再会したのは双方気まぐれに迷い込んだ繁華街であった。彼女は司法試験合格ののち、修習を経て今は弁護士事務所にいるらしい。名刺をもらった。離婚になったらよろしく頼むと言うと、結婚したんですかと驚かれた。もちろんまだである。
 居酒屋で少し話をした。吉村は多忙のため俗世間に疎くなっており、他の部員の近況を知らなかった。小出は寿司職人を目指していること、関は農学博士を取り、ポスドクをやっていること、等。彼らが犯した数々の失態と照らし合わせ、我々は「誰一人イメージが合わない」という結論に落ち着いた。相変わらず屈託なく笑う後輩であった。


追記

 私の近況に対する吉村の反応が印象に残っている。
「先輩の会社なんて、内部告発ひとつあればすぐにぺしゃんこですよ」
「酷いことを」
 嘆く私を上目に見てから、秘密なんですけど、と続けて吉村は打ち明けた。
「わたし、今でも持ち歩いているんです」
 ボタンを一つ外し、彼女は襟元に手を入れて紐を引っ張り出した。使い古して油の抜けたコンパスがぶら下がっていた。
「まだちゃんと北を向くんですよ」
 街でもよく迷うから、との釈明を受け、私は別れ際に冗談で「また森の中で会おう」と言った。吉村は笑った。
 この日から一年半後に会社を辞めた。更に半年が経った今、山村でハンターめいた仕事に明け暮れている私がいる。役場から嘱託の内定通知を受けた際、一番に想起したのは吉村の顔であった。これはおそらく、私の進路が彼女の影響を有意に受けていることを示唆する。
 吉村と会って以降、森の中に机を置き、コンパスを下げ、法律書に囲まれて仕事をする彼女の姿がたびたび頭に浮かんできた。吉村の事務所では、朝になるとカラ類の混群が鳴き交わし、秋にはミズナラの堅果が音を立てて降ってくる。そんな光景であった。
 彼女にまた会いたくなった。会えたら伝えたい。私もコンパスを手に歩き続けている。

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2018.11.11 Sun l 1000文字小説 l コメント (0) トラックバック (0) l top

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