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 コタツを挟んで、僕たちは睨み合っていた。

 「やっぱり、これって殻だと思うの」

 彼女は引き寄せた皿から栗を一個取りだして言う。急に引き抜かれた栗は、不穏な空気に狼狽したような、鈍い艶を放っている。

 議論は、これらを食べながら僕が「栗の皮が剥ける瞬間って気持ちいいよね」と言ったことに端を発する。それを聞いた彼女は突如顔を真っ赤にし、それを見た僕は原因を考えて、やはり同じように紅潮した。「クリ」の発音が少し訛ったのがいけなかった。

 彼女は僕を見て、それから過剰な反応を示したことが恥ずかしくなったらしく、「何よ!」と怒鳴った。僕は「いや、別に」と口ごもる。できれば今のやり取りは、無かったことにしたかった。

 しかし彼女は勢いづいて、

 「そんなことより、栗の『剥く部分』って『皮』とは呼ばないと思うんだけど」

 と急に文句をつけてきた。誤魔化しのつもりだろうが、とんだ墓穴掘りである。

 「いや、だって、生物学的には『果皮』って言うんだよ、これ」

 僕にしても、そうだね「殻」だね、と受け流すべきだったのだろう。しかし、議論となれば妥協できないのが悲しい性だった。

 「それは専門用語の話でしょ?堅い皮のことを『殻』って言うんだから、表現的にはこっちの方が絶対精密よ」

 「でも卵を想像して欲しいんだけど、『殻』って『割る』イメージじゃないか?『割る』にしては、栗の果皮は強度が足りないような気がさぁ」

 「それはあなたの価値観がおかしいんでしょ」

 出た、価値観。こんな場でも、それは危険な兆候を示す言葉だった。最近の僕たちは、しばしば物の考え方において擦れ違いが露呈し、そのたびに口喧嘩をしているのだ。ここで僕が、

 「じゃあ客観的に言うけれど、『殻』と呼ぶならイガの部分に使った方が確実に厳密だよ。あれはさ、正式には『殻斗』っていうんだ」

 などと言ってしまえば、きっとため息でもついて、彼女は「私たち、やっぱり住むべき世界が違うと思うの」と切り出すだろう。

 二人の仲より議論が大事か、と問われれば、もちろんそんな訳はない。だから僕は、必死に考えた。



 僕たち三人は、コタツを囲んで栗を食べている。

 「お父さん、なっちぇる入れ、ちょうだい」

 そう言われて、僕は剥いた果皮の入った皿を、娘に寄こす。

 我が家では、それを「なっちぇる」と呼ぶことにしていた。堅果果皮の英訳「nutshell」を元にした造語であり、かつそれは、僕が妻と共に築いた初めての「価値観」だった。


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※他作品からの派生作品。こんなところで文学の可能性が発揮されるとは(笑
→潜伏期間を終えて姿を現しました。(12/9現在)#57『窓の霜が融けるまで』
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2011.11.12 Sat l 1000文字小説 l コメント (0) トラックバック (0) l top

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