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  この気持ちは何だろう

  この気持ちは何だろう


 授業中、唐突にその言葉が頭上を旋回し始めた。

 中学一年生の時に、合唱コンクールで歌った一節だ。その懐かしさにぼうっと浸っていたら、先生に咎められてしまった。春だからって、浮かれるなよ。確かに僕の頭は、冬眠から覚めた小グマのように、ちょっと寝惚けているのかもしれない。

 昼休みになって謎が解けた。これまで全く意識してなかったが、廊下の隅にある音楽室から、微かにあのメロディが漏れていたのだ。たぶん、いつもそうだったのだろう。

 サブリミナルかよ。

 一人で苦笑してから、怪訝な顔をする友達に背を向け、僕は教室から出て行った。

 リズムに合わせながらワックスで光る床に靴音を立て、僕は扉の前で立ち止まる。そして途切れない音色の、一番中途半端なタイミングを見計らって、僕はそっとノブを捻った。

 僕は足を忍ばせて、奥にあるグランドピアノに近寄る。その向こう側に、女の子の頭が見えている。曲を完奏したあとで拍手を送ると、頭はあからさまにびくりとし、ピアノの陰に隠れてしまった。

 「すげぇ上手いな。いつもここで弾いてるの?」

 奏者側に回り込んで話しかけると、存外に華奢な容姿だったその子はこちらを凝視した。徐々に紅潮していく顔は、気恥ずかしさを示しているのだろう。

 「俺、中学の時にこの曲歌ったんだよ、『春に』。友達の三村って奴が伴奏だったんだけど、糞みたいに下手でさ。あ、毎日放課後に、そいつの練習に付き合ってたから、この伴奏もけっこう思い出なんだよ。あいつはやっぱり糞下手だったけど」

 彼女に動く気配が無いので、一人でべらべらと喋っていたが、次第に緊張が解れてきたらしく、彼女はか細い声を奏でた。

 「私の中学校も、そうだったんだ」

 おお、偶然の一致。やっぱり伴奏だったの?

 そう聞こうとして、やめた。なんだか、見たことのある顔だと思ったからだ。思えば三村は、正規の奏者だった子が病気で辞退したので、代役を引き受けたのだった。そして、本当の奏者はこんな感じの、華奢な女の子だったような気がした。

 それに合わせて誰かが歌うのを、待っていたのかはわからない。だが、仮に弾くのが好きだっただけでも、こんな音色を放っておくのはもったいなかった。春だから、僕は浮かれていた。

 「もう一回弾いてよ。俺歌うから」

 え?という顔をした彼女に、僕は微笑む。

 「君の伴奏の方が、ずっと清々しく歌えると思うからさ、頼んだ」
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2011.11.12 Sat l 1000文字小説 l コメント (0) トラックバック (0) l top

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